日本が仮に滅んでも「ドラゴンボール」は残る? 神話が数千年残り続ける理由(古市憲寿)

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 千年後の日本列島を想像してみる。

 そこに現在と同じ統治機構としての日本国があるかどうかはわからない。実際、近代国家としての日本は150年ほどの歴史しかないし、その間にも敗戦によって、列島に今とは違う形の国家が誕生していた可能性もあった。東日本と西日本がソ連とアメリカによって分割統治される、というのはSFでもよく描かれる世界線だ。千年ともなれば、「日本」という国号さえも変わっているかもしれない。

 しかし千年後、よほどのことがない限りは「源氏物語」は読まれ続けているだろう。「浦島太郎」や「かぐや姫」といった昔話も、ダイジェストかもしれないが、何らかの形で伝わっていると思う。「ドラゴンボール」や「ONE PIECE」といった昭和・平成の漫画のいくつかも残っているだろう。

 なぜそう言えるのか。それは、歴史を振り返る限り、優れた物語の寿命は国家よりも往々にして長いからだ。

 たとえば世界中にはよく似た神話が残されている。それは人類が交易や移住を繰り返す中で、「面白い話」が口伝の形で伝播してきたからだ。現在、我々が神話として知る話の中には、数千年どころか、数万年単位で伝わってきたエピソードもあるかもしれない。

 国家が崩壊した時に何が残るのか。古代ローマ帝国から学べることは多い。

 教科書的な知識では「ゲルマン人の大移動がきっかけで、ローマ帝国は東西に分裂、476年に西ローマ帝国は滅亡した」とされる。興味深いのは、新しく支配者となったゲルマン人たちが、積極的にローマ文化を受容したことだ。帝国時代の官僚と協力することはもちろん、ローマかぶれのファッションをすることもあった(ブライアン・ウォード=パーキンズ『ローマ帝国の崩壊』)。

 7世紀に中東と北アフリカで起こったことと比べると興味深い。イスラム教は、中東と北アフリカの国々を征服し、多くの領域住民がイスラム教を信じ、アラビア語を話す「アラブ人」化していった。

 ゲルマン人の方が文化に対してより柔軟だったともいえるし、後に世界宗教になるような「物語」を準備できていなかったともいえる。彼らの信仰はゲルマン神話として一部は伝わるが、「物語の戦い」では、ローマ文化やキリスト教に勝利とはいかなかったようだ。

 現在のヨーロッパでも、古代ギリシアとともに、古代ローマは文化的原点とされる。帝国が滅んでから長い時間が経ったにもかかわらず、今でも読める書物はたくさんある。さすがに必修科目からは外されつつあるが、ラテン語を学ぶ学生も少なくない。

 近代国家は、国民に対して国家のために死ぬことを一つの理想だと教えてきた。特に20世紀は、2度にわたる世界大戦によって、数千万人の人類が犠牲になった。

 だが全ての人が国家のために生きる必要はない。広義の物語(それは時に文化や宗教と呼ばれる)は、国家が滅んだくらいで消えたりはしない。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2022年3月24日号掲載

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