ロシア産原油の輸出が減少するのに原油価格はなぜ急落したのか
国際エネルギー機関(IEA)は3月16日「ウクライナ侵攻に対する制裁の影響で4月以降に日量300万バレルのロシアの原油及び石油製品が市場に出回らなくなる可能性がある」との見方を示した。300万バレルという数字はロシアの原油及び石油製品の輸出量(700~800万バレル)の3割に匹敵するが、「今後の状況次第で減少幅はさらに拡大する可能性がある」とIEAは予測している。
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「数十年ぶりの深刻な供給ショックに見舞われる」との予測が出たのにもかかわらず、米WTI原油先物価格はほとんど上昇することなく、1バレル=100ドル超えは一時的なものだった。
ロシアがウクライナに侵攻した2月下旬以降、原油市場は強気モード一色となり、米国政府が3月8日にロシア産原油の禁輸を決定すると、1バレル=130ドルを超え、「150ドルになるのは時間の問題だ」との声が高まっていた。
ところが、3月9日に駐米アラブ首長国連邦(UAE)大使が「UAEはOPECに原油増産を検討するよう働きかける」と述べると、原油価格はあっという間に1バレル=100ドル台に急落した。
原油価格が14年ぶりの高値となり、OPECプラス(OPECとロシアなどの大産油国で構成)に対して「増産のペースを加速すべき」との声が高まっていた最中に、サウジアラビアとともに増産余力があるUAEが前向きな発言を行ったことは非常にタイムリーだったことはたしかだ。
だが、その直後にUAEのエネルギー大臣が「OPECプラスの従来の方針に従う」と駐米大使の発言を否定したものの、原油価格が再び上昇することはなかった。直近の下落幅はリーマンショック直後の2008年10月の下落幅を上回っており、ロシアのウクライナ侵攻が続いている中で「戦争プレミアム」がほとんど剥落してしまった形だ。
「世界の原油市場の供給不足」という構図がまったく変わっていないのに、市場からは「原油価格は当面の天井を付けた」との声も聞こえてくる。
ニッケル先物市場で「とんでもない事態」
原油価格が急落した背景にはニッケルというもう一つの商品市場で起きた前代未聞の出来事が関係していると筆者は考えている。原油価格が急落した前日の8日にニッケル先物市場でとんでもない事態が起きていたからだ。
ニッケルはステンレス鋼の重要な材料であり、近年は電気自動車用電池を製造する上で重要な原材料の一つとして注目を集めてきた。ロシアは世界第3位のニッケル生産国であり、世界の非鉄金属の値決めを行うロンドン金属取引所(LME)で取引される精錬ニッケルの最大の輸出国だ。LMEのニッケルの相場は1トン当たり1~2万ドルだったが、ロシアがウクライナに侵攻すると急騰し、8日には10万ドルを突破した。
これにより窮地に追い込まれたのは「売り」ポジションをとっていた市場参加者だ。中でも最も大きな打撃を被ったのは世界最大のニッケル生産企業である中国の青山控股集団だった。数十億ドルの評価損を突きつけられ、追加の証拠金を要求される事態(マージンコール)に追い込まれた。
マージンコールに苦しんだのは青山控股だけではなかった。準備資金の何倍にも及ぶマージンコールを受けたトレーダーが相次いだことから、LMEは「8日午前に行われた取引をすべて取り消す」という異例の措置に乗り出した。ニッケルの市場価格は7日の終値の4万8078ドルに巻き戻され、マージンコールの金額は大幅に減額された。
LMEは2012年に香港証券取引所に買収されており、今回の措置に中国側の意向が反映されたとの見方が強い。LMEは16日、ニッケルの取引を再開したものの、システム上の問題ですぐに停止し、正常化のめどは立っていない。LMEの存在意義についても疑念の声が高まっている。
商品価格の変動に伴う巨額損失が発生したのはLMEだけではない。商品業界全体が巨額のマージンコールへの対応に迫られており、世界的な資源商社であるトラフィグラ・グループも追加資金の確保に四苦八苦している(3月16日付ブルームバーグ)。
このところ原油市場の強気ムードを牽引していたのは商品トレーダーたちだったが、巨額の損失を抱え、原油市場からの撤退を余儀なくされてしまったことから、原油価格は急落してしまったのではないだろうか。
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