元陸上幕僚長が提言「敵基地攻撃能力保有は急務」 現状では迎撃できない「極超音速ミサイル」

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山積する課題

 では、いまの日本にこれだけの作戦を実施する力はあるのか。結論から言えば、抱える課題は多い。それは現状、移動式車両や列車から発射態勢に入った敵のミサイルの発見が難しいことからも明らかだ。

 偵察衛星は地表を真上から光学機器や電波によって撮影するが、光学衛星は夜間や雲が多い時は正確な撮影ができない。一方、電波を地表に照射して反射波から画像を合成するレーダー衛星は昼夜を問わず、雲があっても地表の様子を見通せる。が、事前にミサイル基地などの位置をある程度まで特定しておかねばならない。また、早期警戒衛星は発射の瞬間を捉えるのが目的であり、事前の兆候などの把握は不得手だ。

 つまりは敵のミサイルに限らず、発射を指揮・統制する司令部や通信関連施設の場所を平素から探っておく。その上で、実際の反撃は情勢が緊迫してミサイルが発射される状況に陥った際に実施されることになる。

 もちろん、敵の攻撃や攻撃準備の兆候がないまま、先制的に行う攻撃は違法であり、実施してはならない。といって、敵のミサイルの1発目が日本のどこかに落ちるまで反撃しないのでは、国民の命を守ることはできない。平成15年に石破茂防衛庁長官(当時)は「東京を火の海にするぞと言ってミサイルを屹立させ、燃料を注入し始め、不可逆的になった場合は一種の着手」と説明している。

 まさに日本と敵国との関係が極度の緊張状態に陥り、敵国が軍事力の行使も辞さないという状況に至っていることが前提となる。その上で、これまで述べてきたさまざまな情報収集手段によって敵の動向を探り、全体の状況から“間違いなく日本に対する攻撃に着手した”と判断した時に、初めて反撃の判断を下すべきである。

 こうした一連の作戦を実施するには、長時間滞空が可能な攻撃型ドローン(長距離タイプ)の導入が必要だ。加えて、防衛省が開発中の高速滑空弾や空自機が敵の射程圏外から発射する空対地ミサイル(スタンド・オフ・ミサイル)の射程の延長、長時間の敵基地偵察をする多数の偵察衛星の確保(衛星コンステレーション)が必須となる。

 また、ミサイル部隊をはじめ衛星やドローンの運用、通信、戦闘機などの各部隊と、それらを指揮・統制する司令部も欠かせない。組織をリンクさせる通信インフラも同様だ。これらを整備するには莫大な予算と高度な技術が必要で、すべてを日本が独自に整備するのはあまりに負担が大きい。

 その軽減のためにも米軍との連携が重要だ。偵察、情報収集からその評価と分析に至るまでのプロセスは、スタンド・オフ・ミサイルの開発や衛星の開発と運用など、日本が得意とする分野を生かしながら、日米が共同で敵基地への攻撃能力を高めていけばいいだろう。

国民の理解が必要

 昨年10月、自民党は衆院選の公約で「相手領域内で弾道ミサイル等を阻止する能力の保有を含めて、抑止力を向上させるための新たな取り組みを進める」と発表した。その叩き台は一昨年8月に同党がまとめた提言のようだ。

(1)日米の基本的な役割分担は維持しつつ、我が国がより主体的な取り組みを行う、(2)憲法の範囲内や専守防衛の考え方、自衛のための必要最小限度など、これまでの政府方針は維持すべし

 これらの方向性は間違ってはいないが、気になるのは「敵基地攻撃能力」という文言を避けている点だ。

 名称を巡っては与野党から「先制攻撃との誤解を受ける」との懸念が上がっており、今国会でも変更が議論されている。

 岸田文雄総理は2月18日の衆院予算委員会で「いわゆる敵基地攻撃能力という名称について、さまざまな議論があることは承知をしている」と述べ、改称を検討する考えを示した。それを受けてか、10日後の参院予算委員会では、自民党の佐藤正久外交部会長が「自衛反撃能力」への名称変更を提言した。無論、いかに呼び方が変わろうとも日本が直面する危機に変わりはない。とはいえ、今後も国民の理解を得るために、こうした議論に期待したい。

 そこで不可欠なのが、「いまそこにある危機」の認識である。日本政府は北朝鮮を「脅威」と位置付けているものの、核弾頭や千発以上ともいわれる中距離弾道ミサイルなど強大な攻撃力を持ち、それを背景に周辺国に独善的な価値観を押し付ける中国は、いまだに一段下の「強い懸念」としたままだ。

 覇権主義を隠そうともせず、6年前には南シナ海の領有権を巡る常設仲裁裁判所の裁定を「ただの紙くず」と切り捨てた。各地で国際法を無視し、力ずくで現状変更を進める中国の姿勢は国際秩序への重大な挑戦以外の何物でもないが、政府はそれでも「脅威ではない」と言い張るのだろうか。

 東欧のウクライナでは、中国と同様に力を背景にしたロシアによる現状変更が進行中だ。アメリカをはじめ、欧州各国による外交交渉も経済制裁も、そして情報作戦もプーチンを止めることはできなかった。独裁国家が行使する無法な力を押し返せるのは、自国と同盟国との力でしかないのだ。

 昨年4月に訪米した菅義偉前総理は、バイデン大統領とともに発表した日米共同声明において「我が国自らの防衛力強化」と「日米同盟のさらなる強化」を約束した。この2点の実現こそが、中国の無法に対する大きな抑止力となる。

 独自の攻撃力の保有をはじめとする防衛力の増強と、日米同盟のさらなる強化、QUAD(日米豪印戦略対話)にイギリスやフランスを加えた自由主義連合の紐帯強化を図ることは、我々に与えられた喫緊の課題だ。

 かつて“鉄の女”と呼ばれた英国のサッチャー首相は、「前に進んだ時こそ未来が約束される」との言葉を残した。日本はいまこそ、「自分の国は自分で守る」という原点に立ち、周辺国の攻撃意欲を抑止する反撃力の保有に踏み出さなければならない。

岩田清文(いわたきよふみ)
元陸上幕僚長。1957年、徳島県生まれ。防衛大学校を卒業後、79年に陸上自衛隊入隊。第71戦車連隊長、陸上幕僚監部人事部長、第7師団長、統合幕僚副長、北部方面総監などを経て、2013年に陸上幕僚長に就任。16年退官。著書に『中国、日本侵攻のリアル』、『令和の国防』(共著)など。

週刊新潮 2022年3月17日号掲載

特別読物「『平和ボケ・ニッポン』のままでいいのか 憲法9条では国を守れない 『敵基地攻撃能力』保有は急務」より

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