ロシアの外貨準備高が深刻なインフレをもたらす バイデン・ショックへの危惧
バイデン・ショックの危惧
そもそもロシアがデフォルトの危機に追い込まれてしまったのは、欧米諸国が同国の外貨準備を凍結したことに起因している。
ロシアのシルアノフ財務相は10日「外貨準備の凍結が解除されれば外国の債権者に対する支払いを履行する用意があるが、米連邦準備制度理事会(FRB)と欧州中央銀行(ECB)が凍結したことにより貨準備の約半分(約3000億ドル)が利用不能になってしまった」と述べた。ロシアの外貨準備高は約6400億ドルに上るが、昨年6月時点の外貨準備全体に占めるドル建ての割合は16.4%、ユーロ建ては32.2%だ。
ロシア政府の外貨準備の凍結はたしかにロシアに大打撃を与えるが、「現在の国際通貨システムの信認を毀損することにつながりかねない危険な行為だ」との声が金融界から出ていることが気がかりだ。
ここで戦後の国際通貨システムの歴史を振り返ってみたい。
戦後の国際通貨システムは、第2次世界大戦後期の1944年に締結されたブレトン・ウッズ協定が始まりだ。金1オンスの価格を35米ドルと定め、他国の通貨を米ドルに対して固定することで大戦後の国際通貨システムの安定を図った。
1960年代に入り米国の貿易赤字が深刻化し、米ドルの価値下落に歯止めがかからなくなったことから、ニクソン大統領は1971年に米ドルと金の交換停止の発表を余儀なくされ(ニクソン・ショック)、ブレトン・ウッズ体制は幕を閉じた。
国際通貨システムの動揺は深刻なインフレを引き起こした。インフレを抑制するために政策金利が大幅に引き上げられたため、米国を始め世界各国はスタグフレーション(不景気下の物価高)という未曾有の危機に陥った。
1990年代以降、冷戦の勝利者となった米国が圧倒的な国力を背景に「世界の警察官」として世界のエネルギーや食料などの安定供給を保証したことから、米ドルへの信認が高まった。米ドルは決済通貨の地位を不動のものにし、価値の保蔵手段として国際的に認められるようになった。米国と敵対する国々でも米ドルは深く浸透した。
2014年にロシアがクリミアを併合した際、オバマ大統領は外貨準備凍結をロシア制裁として活用することを検討したが、「国際通貨システムに与える悪影響があまりにも大きい」との理由で実施しなかった。FRBがロシア政府の外貨準備を凍結すれば「米ドルはいざというときに使えなくなる」との懸念が広まり、基軸通貨の核心的な要件である価値保蔵の手段としての信用が毀損してしまうことを恐れたからだとされている。
オバマ政権で副大統領を務めていたバイデン大統領が、ロシアのウクライナ侵攻に対し外貨準備を凍結するという最終手段に打って出たことから、米ドルへの信認を基盤とする現在の国際通貨システムが弱体化するリスクが生じているのだ。ニクソン・ショックに匹敵するバイデン・ショックになるのではないかと筆者は危惧している。
商品相場主導の始まったインフレに「第2次冷戦」とも言えるロシアと欧米の対立激化が構造的なインフレ圧力として加わるとの観測が高まる状況で、国際通貨システムが揺らぐような事態になれば、世界経済は再び長期にわたってインフレに苦しむことになってしまうのではないだろうか。
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