NHK「ロシア語番組」終了の波紋 「最悪のタイミング」とロシア語教育の第一人者は怒り心頭

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ロシア語教育の危機

 1990年代にはソ連の崩壊や、日ロ関係の雪解けで交流が増え、ロシア語が人気になった。冷戦時代には、原子力や宇宙開発の分野で米国と並ぶロシアの高い技術を学ぶために、科学者がロシア語の習得に励んだこともあった。しかし冷戦構造が消え、ロシア人が英語で論文を発表するようになったことで、語学を勉強する必要性もなくなった。

「今後、様々な要因で、若者がロシア語を学ぼうとする動機が失われてしまいそうで心配です。ウクライナ侵攻の前からそれは懸念されてきました。文科省は『グローバル人材育成』と謳いながら、文化多様性には無頓着で、ロシア語に限らず、第二外国語の履修を義務付ける大学が減り、英語だけ履修すれば卒業できるようになってしまっています。これでは日本人が世界の中で様々な広い視野でものを見ることができなくなってゆかないかと、危惧します」(同)

 日本の語学教育は主に文学者が担ってきた歴史があり、「プーシキンやレールモントフの詩を読みましょう」のような浮世離れした題材が多い時代もあった。そんな中でも、黒岩教授はNHKのラジオ講座で最新のウラジオストックを紹介するなど「使えるロシア語」の普及に取り組んできた。

「詩などの言葉は美しくても現実生活で使わないものが多く、実務ではあまり役に立ちませんね。京都外国語大学は2年前に新たにロシア語学科を作りました。なんと日本の大学でのロシア語学科の新設は50年ぶりと聞き、喜んでいました。実践的なロシア語教育を目指して、ロシアに多く提携校を作って、カリキュラムの一貫としてロシア留学を推奨していましたが、コロナで頓挫していた。コロナが収まれば、と思っていた矢先に今回の事態が起きました。学科開設に関わった先生方は本当に困っておられるはずです」(同)

ロシア人との共同研究にも影響

 黒岩教授は、北方領土の元島民などが4島を訪れる「ビザなし交流」で通訳を務めた経験が何度もある。研究者としては、『北方領土の基礎知識』(2016年 東洋書店新社 石郷岡建氏との共著)などの著書や、北方領土問題などに関する多くの論文を執筆している。

「北方領土を含めた千島列島の近現代史について、ロシアの学者と共同研究をして本を出版する予定でしたが、ロシアの研究者が参加できなくなってしまいました。ロシア当局の締め付けが厳しくなったからです。領土問題については、日露で見解が異なる場合は、両論併記にするつもりでした。向こうの研究者と議論して作ってゆくことが相互理解にとってもっとも大切なことなのに。本当に残念です」(同)

 ロシア人研究者の中にも、この状況に心を痛めている人がいるという。

「そんな中も、ペテルブルグに住んでいるロシア人研究者の1人が『ウクライナへの侵攻は許されない』とメールを送ってくれました。戦争に反対する人たちは圧倒的に多いはずなのに、ロシア国内では報道されていないようです。さて、プーチン大統領の独裁政治のようなロシアに比べれば、日本はまだ言論の自由が担保されている国なのでしょうが、それでも最近、学生さんを見ていると自分の意見を言おうとしないなあと感じますね」(同)

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