イトマン事件、幕引きを図った「巽外夫」元住銀頭取 特攻隊として培われた胆力

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1本の電話

「園子です。河村さん、先般は何かとご配慮をいただきましてありがとうございました。さっそくですが、実はピサ(編集部註:セゾングループ系の高級美術品・宝飾品販売店)が買い付けを予定しているロートレック・コレクションの絵画類があるんです。イトマンさんで買っていただけませんでしょうか。あるいはどなたか適当な買い手を探していただけませんか……」

 首都高速を走行中のイトマン社長、河村良彦の自動車電話に1本の電話がかかってきた。電話の主は黒川(磯田)園子。1989年11月のことだった。

 イトマン・河村の園子夫妻に対する支援は、もちろん背後に住銀の磯田天皇がいたからにほかならない。

「磯田の番頭」を自認していた河村は、磯田から頼まれて、公私にわたって園子の面倒をみてきた。

 園子から、ロートレック・コレクションの買い取りの依頼を受けた河村は、「ぜひご要望に沿えるよう、前向きに検討させていただきます」と答えて電話を切った。

 黒川園子からの1本の電話が、闇社会の住人たちがイトマンを足場に住銀に駆け上がるきっかけをつくった。

絵画を買ったイトマン

 河村は、百貨店の証明書をつける、住友倉庫に保管する、損害保険を掛けることを条件に、絵画を扱うことを決めた。専務の加藤吉邦が絵画担当に任命された。

 河村から買い取りを一任された伊藤寿永光は、定宿にしていた帝国ホテルの一室で黒川園子とピサの美術事業部長に会い、どういう段取りでイトマンが買い取るか、具体的な交渉に入った。

 米国のコレクターから東京の画廊が12億円で手に入れたコレクションを、ピサは14億円で購入した。イトマンへは16億円で譲渡することになった。「60億円から70億円の転売が可能で、50億円程度の差益をイトマンは得ることができる」といったバラ色のシナリオが披露された。後から考えれば、取らぬタヌキの皮算用である。

 伊藤はピサとの交渉を終えた足で、同じ帝国ホテルに事務所を構える許永中に会い、イトマンが購入することになったロートレック・コレクションの転売話を持ち込んだ。

 許は、この話にすぐ乗った。許が大阪で建設を計画中の美術館が完成したあかつきには、イトマンの購入原価に52億円を上乗せし、68億円で購入することでまとまった。

絵画に傾注するイトマン

 1989年11月30日、イトマンはロートレック・コレクションを16億700万円で購入する契約を結んだ。さらに、許永中の美術館用にピサから「アンドリュー・ワイエス・コレクション」一式など、4回にわたって追加購入した。ピサからイトマンへの納入額は128億円に達した。

 だが、結局、許永中はロートレック・コレクションを買わなかった。逆に、関西新聞、関西コミュニティー、富国産業の許永中グループ3社を通し、イトマンに別の絵画を売りつけていたのだ。

 イトマンはモディリアーニの絵画を16億円で購入したほか、ピカソやゴーギャン、日本人では加山又造や平山郁夫、佐伯祐三、青木繁、藤田嗣治(レオナルド藤田)など巨匠の絵を購入している。許の関連会社3社から買い取った絵画・骨董品は総額678億円になっていた。

 許は西武百貨店塚新店(兵庫県尼崎市)家庭外商三課長で美術担当だった福本玉樹を取り込み、鑑定書の偽造までさせていた。偽鑑定書を使い、絵画を担保にイトマンから次々と融資を引き出していった。

 これら一連の絵画事件の発端が、磯田天皇の娘、園子が勤めていたピサとの取引だったわけである。

「1000億円をドブに捨てた」

 住銀の磯田一郎時代は、安宅産業の救済から始まった。1977年12月、安宅産業は伊藤忠商事が救済合併することで一応の解決をみた。

 磯田は頭取就任の記者会見で「1000億円をドブに捨てた」と言った。「安宅の不良債権(1000億円)はドブに捨てたが、3年後には収益ナンバー1の地位に返り咲いてみせる」と内外に宣言したのだ。

“法王”と呼ばれた堀田庄三(1899~1990)が頭取だった時代は、「逃げの住友」と酷評されていた。取引先企業を冷徹にチェックし、危ないとみれば容赦なく融資を引き揚げた。徹底した合理主義に裏打ちされていた。

 磯田は頭取に就くと、「逃げない住友」に転換した。安宅産業、東洋工業、アサヒビール(現・アサヒグループホールディングス)、大昭和製紙(現・日本製紙)、そしてイトマンへの役員派遣に見られるように、「泥をかぶる住友」へと急速に変身していった。

 堀田と磯田の性格は水と油のように見えるが、裏のカードを使うという共通点があった。磯田は堀田からその手法を学んだものと思われる。自らは手を汚さず、ダーティーな役回りを担わせる裏カードを常に用意していた。

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