「将棋盤から黄色い光が上がり、私の手はそれに導かれるように……」東大生が体験した本当に怖い話
症状が落ち着くと……
なぜか突然、彼と話ができるようになって、私はそれからもレクリエーションルームに行っては彼と会話するのが日課のようになりました。それまでは「あーあー、うーうー」しか言えない人だと思っていたのに、実際の彼は、結構冗談も言う明るい人で、他人のTシャツの英語を読んで「HEARTのスペルがHARTになってる。おかしいよね」なんていう他愛もない会話をしたりしました。親友とは言わないまでも、入院患者の中では心を許せる数少ない一人だったのは確かです。楽しい奴でした。
あとから気づいたことですが「早かったね」と言ったということは、彼が私と誰かを比較していたということですよね。きっとこれまでも何人かの患者が、それぞれ時間をかけながら彼と会話を成立させてきたんだろうと思いました。
結局、私の症状がおさまって落ち着いてくると、彼とはだんだん話ができなくなってしまいました。私たちが会話しているのを見たという患者仲間がいました。彼はずっと「あーうー」と意味不明の発語をし、私はすらすらと日本語を話していたそうです。実際のところはどうだったんでしょうか。
妄想かもしれない? そうですよね。その疑問ももっともだと思います。
でも、私にはあの会話が現実でなかったとはどうしても思えないんです。もし、あれが妄想だとしたら「早かったね」などという、私の理解を何重にも先取りするようなセリフを彼が言うでしょうか? そんなセリフをいくら妄想とはいえ、私自身が準備できるとは到底思えないんです。
そういえば、彼をいつも押していた看護師さん。彼女はいつも彼とケラケラと笑いながら、まるで会話するように彼とコミュニケーションを取っていました。きっと彼女も、彼と言葉を交わしていたのではないでしょうか?
数年後、私は三度目の入院をします。同じ病院に。彼の姿はありませんでした。誰に尋ねても、彼の行方は知れませんでした。
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