「将棋盤から黄色い光が上がり、私の手はそれに導かれるように……」東大生が体験した本当に怖い話
光る将棋盤
入院中は薬を飲んで寝るだけの単調で変化のない毎日です。そんな中で唯一の楽しみが、広間でのレクリエーションでした。私はある患者さんと将棋を指すことになりました。なかなか強い人だという評判の持ち主。彼の病名は忘れました。私は、ルールを一応知っている程度のほぼ素人です。「ぜひ、教えてください」と言葉で言ったかどうかは覚えていませんが、イメージでは完全に胸を借りるつもりで臨みました。
一局始まった時、おかしなことが起きました。
私が盤上に目をやると、あるひとマスが黄色く光って見えたのです。
マスから垂直に黄色い光が上に向かって伸びています。私の手は、その光に導かれるように動いて、勝手に駒をそこに置きました。まるでコックリさんみたいな感じです。しかも、駒を盤上に置いた音が、「すいいいーーーーん」とものすごく響いて聞こえる。とにかく美しい、中毒性のある音でした。
するとまた次のマスが光り、駒を動かし、マスが光り、駒を動かし、とそれが永遠に続くんです。私は、何かに操られるように将棋を指しました。対戦相手とつながっているような、不思議な高揚感がありました。ハッと我に返った時、あと一手で詰みというところまで来ていました。盤面の光はもうありません。結局、最後の一手は自分の頭で考えて、私はその勝負に勝ちました。
いや、勝ったというよりその強い患者さんに勝たせてもらったんだと思います。エスパー的な能力で、以心伝心将棋の指し方を指南してくれていたんだとその時は信じていました。でもあとから考えると、あれはなんだったのだろうと疑問が湧きました。あの将棋の盤面すら、物理的に存在していたかどうかも不確かですよね。だって、私も彼も精神病棟の患者なんですから、ふふ。
「早かったね」
不思議なコミュニケーションの話はもう一つあります。
同じ病棟に、四肢の一部の欠損という身体障害があり、脳性麻痺なのか知的障害なのか、ちょっとわからないんですけど、ストレッチャーの上に横たわっているだけの男性の患者さんがいたんです。いつも女性の看護師さんに押されて移動していました。その人は、「あーうー」と唸るばかりで、発語ができませんでした。
ある日、レクリエーションルームでテレビを見ようとした時のことです。ソファに座った途端、後ろにいたその人が「あー!あー!」と騒ぎ出しました。どうやら、私がテレビの前に陣取って邪魔だからどいてほしい、という怒りのクレームだったようです。私が、そこをどくと「あーうー」と騒ぐのをやめたので、私の理解が正しかったのだなと思いました。
数日後、レクリエーションルームに行くと、そのストレッチャーの彼がいました。いつもの看護師さんも外していて、その部屋には私と彼しかいません。無視するのも気まずいし、かといって話しかけるわけにもいかず、煙草を吸うふりをしてその部屋を出ようとした時のことです。
「早かったね」という声が聞こえました。
「え?」と振り返ると、彼が「うん。早かったね」と私に話しかけたのです。
言葉が脳に直接響くとか、そんな特別なことではなく、ごく普通に彼は会話を始めました。
彼「体調はどう?」
私「え? ああ、まあ低位置安定、ですかね」
彼「そうか。まあ、ここじゃ休むことしかできないしね」
私「そう、だね。あなたはどのくらいここにいるの?」
彼「うーん。長いよ。正確にはわすれちゃったくらい、長い」
彼の口から淀みなく言葉が流れ出てきます。
私もなんの違和感もなく会話を続けました。
そうしているうちに、彼の「早かったね」という発言の意味がフッとわかりました。
「僕と会話できるようになるのが、早かったね」という意味だったんです。
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