ドイツがメルケル首相だったらプーチンのウクライナ侵攻は防げた

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ウクライナ侵攻でドイツへの悪影響

 プーチン大統領は2月21日、ウクライナ東部の親ロシア派支配地域の独立を承認し、「平和維持」を目的とするロシア軍を派遣する方針を決定したが、その真意は「国際社会は親ロシア系住民の安全をもっと考えてほしい」ということだったのではないだろうか。

 だがロシアの思いを逆なでするかのように、メルケル氏の後継者であるショルツ首相は2月22日、ロシアとの新しいガスパイプライン(ノルドストリーム2)の認可手続きを停止すると発表した。

 ノルドストリーム2については米国から稼働停止の要求が高まっていたが、メルケル氏はあくまで「民間事業である」として政経分離の姿勢を貫いてきた。ロシアとのガスパイプラインはドイツを始め欧州の安全保障に寄与するとの認識があったからだ。

 冷戦の最中の1970年代、当時の西ドイツのブラント首相が主導する形で旧ソ連産天然ガスが西欧地域に供給されるようになった。西シベリアからの世界最長のパイプラインの名称は「ドルジバ(友好を意味するロシア語)」だった。その名称が示すとおり、天然ガスの供給者と需要者という互恵的な関係を通じて、ソ連と西欧の間に信頼関係が生まれた。「パイプラインの敷設が冷戦終結を導く要因の一つとなった」と言われているが、旧東ドイツで育ったメルケル氏はこのことを肌で感じていたと思う。

 冷戦終結後もロシア産天然ガスはパイプラインで欧州地域に安価かつ安定的に供給されてきた。メルケル氏が東京電力の福島原子力発電所事故を受け、国内の原子力発電を廃止する決定を行うことができたのも、2011年にノルドストリーム1が稼働を開始し、ロシアからの天然ガス供給が一層確実になったことが大きい。

 ドイツの歴代指導者たちが「自国のエネルギー供給や安全保障に資する」と考えてきたロシアとのパイプライン事業をショルツ首相が台無しにしてしまったことは残念でならない。ロシアにとってもこの方針転換は驚きであり、24日からのウクライナ東部での特別軍事作戦を開始する際の有力な材料になったのではないかと筆者は考えている。

 メルケル氏は2月25日「ロシアのウクライナ侵攻は欧州の歴史の大きな転換点になる」との認識を示したが、最も悪影響を被るのはドイツだ。

 ドイツ経済が今年第1四半期に景気後退入りする中、ノルドストリーム2の稼働停止で安価なロシア産天然ガスの確保に支障が生じており、ドイツ人が最も嫌いなインフレは当分の間収まる気配はない。ドイツ政府は原子力や石炭火力の運転延長を検討しているが、泥縄の感は否めず、事態はますます悪化するとの不安が頭をよぎる。

 ドイツ政府はさらに国防費を大幅に引き上げることを余儀なくされており、ドイツを巡る国際環境が今後急速に悪化する可能性が高まっている。

「たかがエネルギー、されどエネルギー」、エネルギーの安定供給を通した信頼関係がもたらす軍事紛争の抑止効果について、私たちは今一度肝に銘ずべきではないだろうか。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。

デイリー新潮編集部

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