「プーチンは最初から核兵器を使おうとする…」 元ラトビア大使が思い出すプーチンの“滅茶苦茶な理論”

国際

  • ブックマーク

ロシア語を話す人達が苛められたら…

 余談ですが、この局長は40代半ばで、長身でとても知的な人でした。日本について意外なことで褒められたことがあったのを憶えています。小学生の娘さんがいて、日本の文房具は素晴らしいと褒められたのです。消しゴムで消せるボールペンなどにいたく感心していました。日本に出張で行ったとき、娘さんへのお土産で文房具を買ったのがきっかけとのことでした。

 私はこのラトビアの直前に駐チュニジア大使をしておりました。いわゆる「ジャスミン革命」が勃発し、大変危険な目に遭いました。私の居た大使公邸から至近距離のところで襲撃戦が発生し、流れ弾にあたる危険がありました。緊張した時間を過ごしました。

 次はヨーロッパの静かな国、ということで、ラトビア大使の発令を受け、ほっとして首都のリガに赴任しました。ところがラトビアにもリスクがありました。

 ラトビアは1991年までロシアに支配されていたので、人口約200万人のうち約半数がロシア系のロシア語を話す人達なのです。そのためロシアの影響が強く2014年のクリミア半島侵略の際、プーチンは変な理論を持ち出しました。

「世界中のどこでも良いが、ロシア語を話す人達が苛められたら、ロシアは軍隊を派遣して守る権利がある」

 と言い出したのです。

 ロシア国籍を持つロシア人ではなく、ロシア語を話す人であれば国籍を問わない、と言うのです。滅茶苦茶な理論です。イギリスのフィナンシャル・タイムズなど世界的な新聞は「プーチンが次に手を出すのは、ラトビアだ」といった記事を何度も書いていたので、「チュニジアでは折角死なずに済んだのに、ラトビアではどうなるんだろう」と心配でした。他方、ラトビアは2004年に念願のNATOへの加盟を果たしていたので、ラトビアは大丈夫という見方も強かったです。

 ラトビア外務省のA局長のところに足しげく通ったのは、この心配があったからでした。ラトビア、EU諸国を巡る安全保障状況についての情報は貴重でした。

 プーチンと核兵器の話にもどると、プーチンの核兵器に対する考えかたをA局長より教えて貰ったのは、2014年のクリミア半島侵攻の頃なので、今から8年前のことになります。

 今回のウクライナ侵略に際して、アメリカの議員など関係者から、「プーチンは何かがおかしい」「正気なのか」など精神状態の不安定さを指摘する報道が出て来ています。

 果たしてどうなのでしょうか。私は、プーチン大統領は急におかしくなったわけではなく、危険な本質は昔も今も変わっていないと見るべきだと考えます。

 核兵器の使用の可能性については前述の通り、2014年の時点で既に出ていました。

 またプーチンの独特な世界観は、西側のリーダー達のいわば代表という立場で、プーチン大統領(ドイツ語に堪能)と交渉したメルケル独首相(ロシア語に堪能)が、オバマ米大統領に述べたと言われる言葉が思い出されます。

「プーチンは現実から切り離された自分の世界に生きている」

 今指摘されているプーチン大統領の問題の全ては2014年の時点で出揃っていたとも言えます。

「他国の領土を武力で持って一方的に自分の領土にしてしまうことは許されない」とは国際法の中でも一番重要な原則です。この原則を公然と無視し続けるプーチンのロシアに対していかに西側は毅然とした対応ができるのでしょうか。私達は近現代史上、最大の危機に直面しています。

多賀敏行
1950(昭和25)年三重県松阪市生まれ。一橋大学法学部卒業。ケンブリッジ大学法学修士号取得。74年外務省入省後、在マレーシア大使館、国連日本政府代表部勤務。在ジュネーブ日本政府代表部公使などを経て、在バンクーバー総領事、ラトビア特命全権大使などを歴任。現在は中京大学客員教授。

デイリー新潮編集部

前へ 1 2 次へ

[2/2ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。