元公安警察官は見た ロシアの美人スパイ「アンナ・チャップマン事件」の真相
フラッシュ・コンタクト
アンナがカフェで諜報活動を行っているところを、FBIは現認している。
「彼女はカフェでコーヒーを飲みながら、パソコンに通信機器を差し込んで仲間に情報を送っていたそうです」
特別捜査官の講義で最も注目を集めたのは、スパイの手法をとらえた動画だった。
「動画は、アンナの仲間が情報提供者とすれ違う瞬間に機密資料を受け取る、この業界でフラッシュ・コンタクトと呼ばれる瞬間を撮影したものでした。FBIが秘匿尾行して、鞄や胸に仕込んだ超小型カメラを使ったそうですが、決定的瞬間を見事にとらえていました。それを見た公安捜査員から驚きの声があがったほどです。フラッシュ・コンタクトは古典的な手法です。ロシアは未だにこんなことをやっているのか。さらにFBIはその決定的瞬間をよく撮影したものです。ロシアスパイとFBIの両方に驚きました」
アンナら10人のスパイが逮捕されたのは2010年6月27日。
「ところがその1カ月後、ロシアが逮捕したアメリカのスパイ4人を釈放することを条件にアンナら10人全員が釈放されました」
ロシアが解放した4人のスパイの中には、大物が2人いたという。
「1人は、CIAにロシアの軍事機密情報を流したため、2004年にスパイ活動防止法で懲役15年の判決が出て服役中の元ロシア科学アカデミーの軍事政策課長でした。もう1人は、在ロシアのイギリス外交官に軍事機密情報を流した容疑で2006年に逮捕された元GRU(軍参謀本部情報総局)の大佐でした」
アンナら10人のスパイが帰国すると、当時、首相だったプーチンは大歓迎した。
「プーチンは、外交特権がないのに、よく頑張ってくれたと最大限の賛辞を贈っています。もっとも、アメリカやロシアのメディアはアンナのことばかり報じていました」
アメリカのメディアでは、「アンナのグラマーショットをチェックせよ」などという見出しが躍り、彼女もFacebookで自身の写真や動画を公開。アクセスが急増したという。
「当時のオバマ大統領は、逮捕した10人のスパイをよく調べずにすぐに釈放したとして、批判されていました。実は彼女以外の9人の中に、かなりの大物スパイがいたそうです。それを守るためにロシア側がスパイの交換を言い出したようです。事件でアンナに注目が集まったのは、ロシア当局が大物スパイに世間の関心が向かないようにするため彼女の情報を大量に流したためです」
結局、アンナはロシアで英雄扱いされ、テレビ司会者として活躍。2013年5月、モスクワの中堅銀行「ファンド・サービス・バンク」の取締役に就任した。
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