【カムカム】条映の撮影現場に忽然と現れた算太…7話で打たれていた布石とは
2021年11月1日に始まったNHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」が終盤に入った。4月8日に終了する。なぜ、大ヒット作となったのか。観る側を魅了している理由を考える。
大ヒットした最大の理由はやはり藤本有紀さん(54)の脚本にほかならない。
この作品は放送開始前から作風について「ハートフルコメディ」と説明されていた。当初はその言葉通り、上白石萌音(24)が演じた初代ヒロイン・安子の周囲では愉快なエピソードが絶えなかった。安子と雉真稔(松村北斗)の恋には辛い局面もあったが、それでも観る側が悲痛な思いになるほどではなかった。
物語全体の空気が変わり始めたのは1941年になった第6話から。この年の暮れに太平洋戦争が始まった。安子の祖父・杵太郎(大和田伸也)が吸っていたタバコの銘柄「チェリー」が敵性語にあたるとして「桜」に変わった。年末までには全てのラジオ英語講座は放送休止となる。この時、安子は16歳。以後、戦争の渦に飲み込まれていった。
安子が厳しい試練に繰り返し見舞われたことから、「ハートフルコメディ」という謳い文句に否定的な声も上がったが、藤本さんは全112話の物語であることを計算していたのだろう。史実とそれによって日本人に襲いかかった苦難から目を背けなかった。
川栄李奈(27)が3代目ヒロイン・ひなたを演じている現在はひたすら明るい。愉快なエピソードが散りばめられている。現時点での時代は1985年。バブル前夜で確かに朗らかな空気に包まれていた。
この物語にはヒロイン3人以外にも隠れた主人公がいる。時代だ。藤本さんはその空気を忠実に再現し、生かしている。
時代を描くことはメッセージの1つを伝えることにつながる。生きる時代は選べないが、生き方は選べる。この物語の劇中テーマソングとも言える「オン・ザ・サニーサイド・オブ・ザ・ストリート」の歌詞の通りだ。
Life can be so sweet On the sunny side of the street(人生は幸せに出来る ひなたの道を歩けば)
史上初となる3世代3人のヒロインが登場するスタイルも藤本さんの提案。上白石が演じる安子は1925(大正14)年3月、深津絵里(49)のるいは1944(昭和19)年9月、川栄のひなたは1965(昭和40)年4月にそれぞれ生まれたことになっている。
3世代3人のヒロイン以外にもこれまでの大半の朝ドラと異なる点がある。ヒロインが市井の人であるところだ。朝ドラに登場するヒロインのほとんどは偉人や立派な志を抱く女性たちだが、この3人は違う。ささやかな幸せを願い、ひたむきに生きる女性たちだ。
放送開始前から「これは、すべての『私』の物語。」と謳われていた。藤本さんがヒロイン3人を視聴者やその母親、祖母の分身的存在にしたことが、熱狂的とすら言える支持を得た要因の1つだろう。
効果的な「布石」
藤本さんの脚本は緻密で計算され尽くしている。1940年という設定だった第8話の安子編で初登場した映画「棗黍之丞シリーズ」を、1984年の第84話から再びクローズアップしたり、終戦後の第28話などに登場した岡山の戦災孤児が、1965年の第60話でるいと結婚するトランペッター・大月錠一郎(オダギリジョー)だったり。
これらは伏線というより、布石だ。藤本さんは碁と同じように先々の展開まで考え抜き、効果的に使えそうな石(設定や登場人物)を次々と置いているからだ。
無意味な石は打たれていない。置いた石を放ったままにすることもない。観る側がずっと消息を気にしていた算太(濱田岳)も第79話で再登場させた。1951年だった第37話以来、33年ぶりだった。
かつての野球少年で、るいの叔父・勇(村上虹郎)もやがて登場すると読む。接合点になるのは現在の野球少年でひなたの弟・桃太郎(青木柚、幼少期・野崎春)だろう。
勇のその後に触れないとは到底思えない。これまでもヒロインたちと縁が深い人の消息が伝えられた。錠一郞の大恩人で安子の相談相手だった柳沢定一(世良公則)も病死したことが明らかにされた。
最大の関心事である渡米後の安子の動向も明かされるに違いない。算太が再登場しながら安子の存在が無視されたら、大いなる矛盾になってしまう。安子の消息を明らかにしないと、この物語は完結しない。
ただし、どういう形で描かれるのかは見当も付かない。藤本さんの代表作の1つであるNHKの時代劇「ちかえもん」(2016年)で、主人公・近松門左衛門(松尾スズキ)は毎回、こんな決めセリフを言った。
「てな陳腐な言いまわしは、ワシのプライドが許さんのである」。これは藤本さん自身の矜持だろう。観る側が先を読めてしまうようなものは書かないのだ。この物語が好例である。
算太の再登場の形を読めた人も誰1人いないはず。63歳になっているはずの算太は忽然と現れ、条映の撮影所で2代目桃山剣之介(尾上菊之助)にCMの振りを付けた。
唐突だったものの、矛盾はない。1940年だった第7話での算太は「ワシはダンスホールの先生になっていたんじゃ」と誇らしげに語っていたからだ。この言葉も布石だった。
再登場時の算太は相変わらず調子が良かった。だが、第81話で姪孫(てっそん=妹の孫)のひなたから「楽しそうですね、踊ってる時」と指摘されると、途端に陰鬱な表情になった。安子と和菓子店を始めるはずだった資金を持ち逃げし振付師になったことを悔いているのではないか。もともと兄妹仲は良かったのだ。
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