“脳のゴミ”を日光で洗い流す日本発の「光認知症療法」 実現すれば安価で50代から予防も可能
試行錯誤の中で「光触媒」が浮上
その低分子化合物で富田教授らが目を付けたのが、物質の化学反応を促進する「触媒」だ。そこで触媒を専門とする金井教授らとチームを組みアミロイドベータ分解のプロジェクトをスタートさせたのが10年前のこと。その金井教授が話す。
「私たちが考えたのは、アミロイドベータの“酸素化”でした。細胞は水と油でできていて、油は油どうしで集まりやすい。同じ原理でアミロイドベータも凝集します。一方で酸素は水とくっつきやすいため、アミロイドベータに酸素を結合すれば水が妨害役となって凝集しなくなると考えたのです。そこで、触媒を使いアミロイドベータに酸素を結合させる方法がないか探しました」
その試行錯誤の中で「光触媒」が浮上する。光触媒とは、光を吸収することで活性化し、他の物質に化学反応を引き起こす触媒の総称をいう。日本発の技術で、現在、さまざまな分野で使用されている。窓に使われている抗菌ガラスもそのひとつ。ガラスにコーティングされた触媒が可視光に当たって活性化し、抗菌作用が働くのだ。
2014年、研究チームは試験管の中で、アミロイドベータの酸素化に成功する。
「試験管の中のアミロイドベータに光触媒を入れ、光を当てる。すると光触媒が活性化してアミロイドベータに酸素が結合し、凝集が止まりました。それだけではなく、アミロイドベータの毒性も消えたのです」(同)
大きな成果ではあったが課題も残っていた。光触媒の「選択性」である。この時点では、光触媒がアミロイドベータだけでなく他のタンパク質をも酸素化してしまっていたのだ。このまま使うと副作用が起きてしまう。アミロイドベータだけを“選択”し、酸素化する技術の実現が「当初は一番難しかった」と金井教授は振り返るが、16年にこれも成功。学術誌に発表された論文は大きな反響を呼んだ。
そして21年、マウスを使った実験に成功する。
思わぬ発見が
「マウス実験の課題は、光触媒をうまく活性化させるために、マウスの脳内にどのように光を届けるかでした。最初は、マウスに麻酔をかけて開頭し、コタツのヒーターのような光『近赤外線』を直接当ててアミロイドベータが酸素化することを確認。その後、光触媒を改良し、頭に外から近赤外線を当てるだけで酸素化させることに成功したのです。人の脳は、マウスよりも厚い頭蓋骨で守られていますが、これで展望が開けてきました」(同)
手のひらを太陽にかざすと真っ赤に見えるのはご存じだろう。近赤外線は生体を透過する性質を持っているのだ。触媒の感度が上がれば効果も増大する。実験ではマウスを開頭して光を照射した場合、アミロイドベータは1週間で半減。開頭せずに、外から光を照射した場合でも、アミロイドベータは4カ月後に3~4割減少したのだ。
思わぬ発見もあった。
「私たちの脳では毎日、ミクログリアという免疫細胞がアミロイドベータを分解しています。しかし何らかの原因で機能しなくなり、アルツハイマーになると考えられていました。しかし、アミロイドベータを酸素化すると、ミクログリアがそれをきちんと認識して分解を再開することも分かったのです」(同)
金井教授の研究室では、生成した光触媒に担当研究者の名前を付けている。現在もっとも効果のあるものは、昨年発表した「永島触媒」だという。
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