「タイトル戦仕様の身体になってきた」 藤井聡太の最年少「五冠」立会人が明かす対局の裏側
生じたエアポケット
続いて、
「今回の対局を見て、藤井さんはますますタイトル戦仕様の身体になってきた、との印象を受けました」
とは深浦康市(こういち)九段(50)である。深浦九段は「藤井キラー」として知られ、ここまで対藤井戦3勝1敗。五冠に2局以上勝ち越している唯一の棋士だ。王将戦では第3局の立会人を務めた。
「今回も2時間を超える長考をしていましたね。2日制の対局は肉体的にも大変ですし、平常心を保ち続けなくてはならないのですが、メリハリよく時間を使えている。19歳にして貫禄すら感じられました」
トップ棋士同士の勝負は、時に棋力だけでなく、「運」に恵まれることも重要だ。深浦九段によれば、第3局での藤井竜王にはそれを感じる場面があったという。
「藤井さんは手を間違わないことで有名ですが、この対局は渡辺さんの方がうまく指していて、終盤までどちらが勝つか予断を許さない勝負になっていたんです。実際、もし渡辺さんが違う手を指していたら、藤井さんが窮地に陥っていたという場面があった」
しかし、竜王はこの対局でも勝利を収めた。
「対局後の感想戦で、私が“渡辺さん、何でこの手を指さなかったんですか”と聞いたら、渡辺さん曰く“ついうっかりしていた”、藤井さんも“気付かなかったですね”と。その時、2日間ずっと顔を突き合わせていた二人にもエアポケットが生じていたんですね。互いにミスがあっても結果的に詰まされなかったのが藤井さんの運が強いところ。ここにも強みを感じました」
「対局中の形相たるや……」
超の付くスピードで五冠王になった藤井竜王。気の早いメディアは「八冠制覇が見えてきた」ともてはやすが、そのためには五つのタイトルを全て防衛したまま、残り三冠を奪取しなければならない。実際には極めて厳しい道のりだけれど、
「私も藤井さんの集中力には驚きました」
と語るのは、神谷広志八段(60)である。第1局で副立会人を務めた神谷八段は35年前、公式戦28連勝という記録を打ち立てたが、5年前、やはり当時の藤井四段によって破られている。
「対局中の形相たるや鬼気迫るようで、ちょっと近寄り難いものを感じました。近所で大爆発があっても動じることのないような……。私のようなオジサンにとっては驚異です」
と笑いながら続ける。
「対局後の感想戦では、二人とも駒を動かすのではなく、空中で戦いを繰り広げるんです。ものすごい勢いで言葉をまくし立て、まるで二人の世界に没入してしまっているようでした。ことに藤井さんは声が小さく、“銀取って、引いて、こう回って……”と早口言葉のように言うので、さっぱり聞き取れない。もう一度盤の中でやってくれよ、と注文を付けたくなりました。これまで数多(あまた)の感想戦に立ち会ってきましたが、今回のような経験は初めてでしたね……」
プロも驚く集中力と、将棋の世界への尋常ならざる探究心こそが、藤井竜王の繰り出す最大の“鬼手”なのか。
来年の今頃は果たして何冠……。