信じがたい偶然で「妻の過去」が明らかに… 41歳が“男泣き”で離婚届を出したてん末
父を問い詰めると…
翌日、亮司さんは「正直に言うよ」と沙映子さんに気持ちを伝えた。どうしたらいいかわからない、だけどきみも娘も失いたくない。それが今の気持ちだが、今後、どう感じるようになるのかはわからない、と。
「とりあえず今まで通りに暮らそうと言って、その日のうちに父に会いました。待ち合わせた店で僕の顔を見るなり、父は『バレちゃったのか』と一言。全部話してくれないかと言ったら、渋々口を開きました」
話は沙映子さんが言ったのと同じ内容だった。最初は同情から始まったのだが、次第に父は沙映子さんに本気になっていった。だが自分には家庭がある。沙映子さんに示せる愛情はお金しかなかった。コツコツ貯めた社内預金や夫婦の老後のための資金を何百万もつぎ込んでしまった。それがバレて離婚となったのだという。
「だけど離婚してみたら、お母さんにもつきあっている人がいたってわけだ。結局、似たもの夫婦だったのかもしれないなと父は自嘲的に言っていました」
沙映子さんが就職したとき、いったんは関係が切れた。だがその後、彼女が心身ともに不調となって仕事を辞めたとき、父に連絡があった。だが父は「オレも離婚してお金がなくなったから、もう会えない。誰か紹介しようか」と言ってしまった。父としては力になりたいがなれないから助けたいと思ったのだそうだ。その言葉がさらに沙映子さんを追い詰めるとは思わずに。
「デリカシーがなさすぎるだろと僕は言いました。父は『もうこうなったら全部、ぶちまけるけどな、彼女はその後、じゃあ誰か紹介してくださいって言ってきたんだ。だからオレは知り合いの金持ちを紹介した』と。これはさらに衝撃でした。ただ、その知り合いが彼女を医者に連れていったから心身ともに回復できた。その後、知り合いは亡くなったそうです。もう70代だったし持病もあったから、娘のように感じただけで男女の関係はなかったと思うと父は言っていたけど、そういう問題じゃないだろうとも思った。僕の中で、ますますどうしたらいいかわからなくなりました」
妻の過去をどうとらえたらいいのか。いずれにしてもおまえと知り合う前の話だ、おまえが彼女を愛しているならつつき回すな、と父は言った。
「僕はそれほど器の大きな人間じゃない。過去は変えられないとわかっているけど、心がささくれ立ってたまらなかった。沙映子が実家と縁が切れたのは、愛人稼業をしているのがキャバクラの同僚にバレ、そこから話が広がって実家に伝わったからだそうです」
すべてを知った亮司さんは、父に会ったと沙映子さんには言えなかった。沙映子さんも彼が父親からすべて聞いたのではないだろうかと薄々思ってはいたようだが、直接問いただしてきたりはしなかった。
「お互い、腫れ物にさわるような感じで半年以上を過ごしました。娘はどんどんかわいくなるし、この家庭を大事にしたいと強烈に思ったけど、そう思いながらも沙映子と夫婦の営みをすることはできなかった」
不思議な家族3人の暮らし
どんなに考えても答えは出ない。そんなとき、沙映子さんが離婚届を差し出した。これ以上、あなたが苦しむのを見たくない。他人になりましょうと沙映子さんは言った。
「僕は泣きながらサインしました。だけど『これで他人よ』と言われたとき、『じゃあ、他人同士のまま同居しよう』と言ったんです。沙映子は行くところがない。娘もどんどんかわいくなるし、僕は娘と離れたくない。別居するとお金がかかるから、このままでいいじゃないか、と」
翌日、ふたりで離婚届を提出した。亮司さんの気持ちは少しだけ楽になった。
「その後、沙映子は仕事を探しながら保育園にも空きがないかあたっていたんですが、なかなか保育園がなくて。今年に入って仕事が決まりかけたのに、コロナ禍で内定が取り消された。焦らないほうがいいよと言っています」
生活自体はさほど変わっていない。沙映子さんは変わらず3人分の料理を作るし、亮司さんは掃除をしている。
「それでも結婚という縛りがなくなった分、父の愛人が妻になったと考えなくてすむんです。友人知人には離婚したとは言っていますが、同居しているとは言っていません。離婚したというとみんな住む場所も離れたんだと思い込むんですね」
いつかはまた婚姻届を出すかもしれない。それはまったく未定だ。沙映子さんが仕事を始めたら生活も変わるかもしれない。別居することになる可能性もある。
「ただひとつ、沙映子に言っているのは、僕は彼女の過去を否定しているわけではないということですね。本当は過去も含めて受け止めたい。相手が自分の父親でなかったら、多少の衝撃はあっても、時間とともに受け入れられたと思う。自分にその度量がないだけだ、と。だから彼女に卑屈になってほしくない。彼女は正直に打ち明けただけなのだから。そのあたりは言葉を尽くして説明したつもりです」
離婚届を出してから、沙映子さんは少し明るくなった。心が軽くなったのかもしれない。この「ありよう」が、今のふたりにとって以前より居心地がいいといえるのだろう。
「こんな話ですみません。不快じゃなかったですか」
亮司さんは最後にこちらを気遣ってくれた。自分は大雑把な人間だと言っていたけれど、繊細な人なのだ。背中を向けて歩き出したあと、彼は再び振り返って会釈した。
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