一橋大学を卒業後、40年ほど「引きこもり」…当事者が激白 “毒母”が生み出す「高齢引きこもり問題」

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母親の過去に理由が

 これでどうやって子どもは自己の内面を育てることができるというのか。後年、杉本さんは主治医に、幼稚園の時分にマスターベーションが止まらなかったことを話したら、次のような言葉が返ってきた。

「その年齢でするのは緊張が極まっている証。すごく緊張の度合いが高かった家庭なんだね」

 小5まで夜尿や指しゃぶりが続き、学校では“普通のフリ”で通した。日常において自分の意見などないのに、中身があるフリをし、普通の人らしく振る舞おうとする。そうすればするほど周りとギクシャクした。

 高校は「まぐれで」卒業できたが、大学は何浪しても通らなかった。体裁が悪いと無理やり入れられた専門学校では、周囲とコミュニケーションが取れず、人と対面するのが恐怖で、仕方なく数カ月でやめた。

 事務の仕事に就いたものの、やはり人とのやり取りに齟齬(そご)をきたし、すぐに辞めた。27歳から実家で本格的にひきこもり、29歳で精神科を受診。対人恐怖の激しさに、主治医から、家を出て当事者ミーティングに毎日通うように言われ、生活保護を受けて家を出た。今も生活保護を受け、精神科に通院しながら暮らしている。

 池井多さんと杉本さん、二人の母に共通するのは、自分の都合で子を「使っている」ということだ。児童虐待そのものである。

 なぜ一橋大学なのか。池井多さんはのちに、母親が一橋大の学生にフラれた過去があることを知る。つまり、子どもを使った、まさしく復讐だったのだ。

閉塞した共依存関係

 杉本さんのケースもまた、母親の過去に理由を探ることができる。彼女は、出産で命を落とした実母に代わり、杉本さんの祖父の後添えに育てられた。家庭は裕福だったようだが、その後妻は連れ子に、優しい言葉一つかけたことがなかったという。継母から全てを否定されて育ったのが、杉本さんの母親だった。

 だからといって、杉本さんの母親が、プライドの高さからくるストレスや夫との不仲という“不遇感”を解消するために、一人の子にターゲットを絞り、全てを吐き散らす“ごみ箱”にしていいわけがない。DV夫が、妻をストレスの“ごみ箱”にしているのと全く同じ構図だ。

 これが母と息子という揺るぎなき上下関係のもと、「母親の愛」を隠れみのにして行使されたら、無抵抗の幼児はひとたまりもない。それほど致命的で、取り返しがつかないダメージを与えるのだ。ちなみに、杉本さんの姉と弟は大学を卒業し就職、家庭を持ち、順調な人生を歩んでいる。

 池井多さんをなお強く呪縛し、杉本さんが悲痛な苦しみとともに自らを「人間ではない」と慨嘆するのは、要するにそういうことの結果だ。“毒親”のもたらす世界は、かくも罪深い。

 母親との閉塞した共依存的関係の中で、歪んだ世界に、そしてそこが歪んでいるとは知らぬまま、もがき苦しんでいる「息子」たち。その数は一体、どれほどまでにのぼるのだろうか。

黒川祥子(くろかわしょうこ)
ノンフィクション・ライター。福島県生まれ。東京女子大学卒業後、専門紙記者、タウン誌記者を経て独立。家族や子ども、教育を主たるテーマに取材を続ける。著書『誕生日を知らない女の子』で開高健ノンフィクション賞を受賞。他に『PTA不要論』『8050問題 中高年ひきこもり、7つの家族の再生物語』『シングルマザー、その後』など。雑誌記事も多数。

週刊新潮 2022年2月17日号掲載

特別読物「高齢親子『ひきこもり問題』の背後に『毒母』」より

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