ドイツはなぜエネルギー「ロシア依存」を続けるのか

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極めて低い天然ガス貯蔵タンクの充填率

 ウクライナ危機は、ドイツの天然ガス拡大政策にとって都合の悪い状況を生んでいる。ロシアはウクライナ国境地域に約13万人の兵力を集結させ、黒海などで軍事演習を繰り返していることから、日に日に緊張が増している。欧米首脳の働きかけにもかかわらず、ウラジーミル・プーチン大統領が戦闘部隊に撤収を命じる気配はない。米国政府、ドイツ政府などは「いつ武力衝突が起きるかわからない」として、ウクライナにいる自国民に対し、迅速に退避するよう勧告している。

 ロシアは、ドイツにとって最大のエネルギー供給国である。英国の石油会社BPの報告書によると、2020年のドイツの天然ガス輸入量の内55.2%はロシアからだった。ドイツ経済輸出管理局によると、2020年にドイツが輸入した原油の33.9%はロシア由来。石炭輸入量の48.5%もロシアからだ。

 ドイツでは、万一ロシアがウクライナに侵攻し、EUが厳しい経済制裁を実施した場合、ロシアが報復として西欧への天然ガス供給量を減らすシナリオについて懸念が強まっている。

 問題は、よりによってウクライナ危機がエスカレートしつつある今年の冬に、ドイツのガスタンクの貯蔵量が、例年よりも低くなっていることだ。欧州の天然ガスタンクに関するデータバンクAGSIによると、2月12日の時点でドイツの天然ガス貯蔵タンクの充填率は、わずか32.77%だった。2年前の2月12日(82.08%)に比べてはるかに低い。ガス業界の関係者によると、真冬のタンクの充填率としては、40%未満というのは極めて低い数字だ。フランス(28.52%)、オーストリア(19.36%)など他のEU加盟国でも充填率が低くなっている。

 ドイツのガスタンクの充填率が低くなっている背景には、様々な要因がある。2020年~2021年の冬には、寒さが厳しかったことから、西欧でガス需要が増えた。さらに風が例年よりも弱く、風力発電設備からの発電量が少なかったため、天然ガス火力発電所のためのガス需要も増えた。これらの理由から、ガスタンクの充填率が下がった。

 通常ロシアの国営ガス企業ガスプロムは、ガスへの需要が多い時には西欧のエネルギー企業との契約を上回る量のガスを供給してきた。しかし去年ガスプロムは、契約通りの供給量を超えてガスを西欧に送らなかった。その理由は、明らかになっていない。

 国際エネルギー機関(IEA)は、「ガスプロムは、例年に比べて西欧へのガス供給量を減らしている」と主張する。IEAのファティー・ビロル事務局長は先月12日、「去年10月~12月にアゼルバイジャンなどが西欧向けのガス供給量を増やしたのに対し、ロシアは前年同期に比べて25%減らした。現在EU全体のガス貯蔵タンクの充填率は約50%で、通常の水準(70%)よりも低くなっている。これは、ガスプロムが供給量を例年に比べて減らしたことが主因だ。ロシアは、西欧のガスタンクの充填率が通常よりも低くなっていることを利用して、西欧諸国に対する政治的圧力を高めている」と批判した。

東西冷戦時代の信頼感

 ドイツ政府は、原油については国家備蓄を行っているが、天然ガスについては実施していない。独電力大手RWEのマルクス・クレッバー社長は、「ロシアが天然ガスの供給をストップしたら、ドイツのタンクは数週間で空になる」と警告し、政府に対して天然ガスの国家備蓄を始めるよう進言している。ドイツの家庭用暖房器具の約50%が天然ガスを使っており、真冬のガス停止は国民生活に大きな打撃を与える。

 このためロバート・ハーベック経済気候保護大臣は、2月5日、「我々はロシアからのガスへの依存度を減らす。私はウクライナ危機を見て、ロシアがガスをドイツに対する武器として使うかもしれないという危惧を深めた。ロシア以外の国からの輸入量を増やさなければ、ロシアによって手玉に取られる危険がある」と発言した。

 経済気候保護省は、天然ガスの国家備蓄を始めるか、もしくはガス会社にガス貯蔵タンクに最低限の比率を充填するよう法律で義務付けることを検討している。

 EUも、エネルギー担当委員をアゼルバイジャンや米国などに派遣して、万一ロシアからの天然ガスの供給が大幅に減った場合に、西欧にガスを追加供給できるかどうかについて打診させている。米国のバイデン政権が日本政府に対し、日本が輸入する液化天然ガス(LNG)の一部を欧州に融通するよう要請してきたのも、EUの危機感の表れだ。

 ドイツやEUが、ロシアからの供給が激減する事態に備えて、調達先の多角化に乗り出したのは、第二次世界大戦後初めてのことである。なぜ彼らはこのような泥縄式の対応を行っているのか。その背景には、東西冷戦が最も深刻だった時代にも、ソ連が西欧に契約通り天然ガスを供給し続けたことについての、安心感がある。ドイツなど西欧諸国はソ連(ロシア)に機械などを供給し、ソ連(ロシア)は天然ガスや原油を供給するという相互依存の構図が出来上がっていた。1979年にソ連がアフガニスタンに侵攻し、1980年のモスクワ五輪を米国など65カ国がボイコットした時にも、ソ連は西欧諸国に対し忠実に天然ガスを送り続けた。

 つまりドイツなど西欧諸国は、「将来ロシアが重要な外貨獲得手段である天然ガスを、政治的武器として使うはずがない」という先入観を持っていた。2014年にロシアがクリミヤ半島に戦闘部隊を送って強制併合した後も、ドイツや他の西欧諸国はロシアに対する依存度を本格的に減らそうとはしなかった。

 ただし英国のボリス・ジョンソン首相が「欧州が過去数十年間に経験した安全保障に関する危機の中で、最も重大な危機」と形容するように、ウクライナ危機は欧州の地政学的な構造を塗り替えるほどの爆発力を秘めている。欧州の論壇では、1930年代のように「瀬戸際主義」という言葉が飛び交っている。

 ドイツやEUがロシアへの依存度を減らすための本格的な努力を始めたのは、これまでは信頼できる貿易相手だったロシアが、地政学的な目的を達成するためにエネルギーというカードを切る危険性が浮上しているからだ。ガスプロムが去年西欧へのガス供給量を減らしたために現在の充填率が低くなっていることは、その危険を浮き彫りにしている。

天然ガス輸入先の多角化が喫緊の課題

 ドイツの頭を悩ましているもう一つの問題は、ロシアからドイツに直接天然ガスを送る海底パイプライン・ノルドストリーム2(NS2)をめぐる議論だ。

 NS2は去年完成しているが、ドイツの連邦系統規制庁が、稼働許可申請を審査している。米国やウクライナは、「ウクライナ侵攻が起きた場合、対ロシア経済制裁の一環として、NS2の稼働を禁止するべきだ」と主張している。これに対しドイツのオラフ・ショルツ首相は「あらゆるオプションを検討する」と言うだけで、明言を避けている。首相は「手の内を全部見せない方が、抑止効果がある」と説明しているが、EUのフォン・デア・ライエン委員長もNS2を制裁の対象に含めると述べている中、ドイツの首相がNS2について、腫れ物に触るような態度を取っているのは、不自然だ。

 ドイツの論壇では、「首相の煮え切らない態度が、ウクライナやNATO(北大西洋条約機構)同盟国の間で不信感を生んでいる」という意見が出ている。

 ドイツが再生可能エネルギーが普及するまでの過渡期の電源として、天然ガス火力発電所を新設することは、天然ガス需要を増やし、同国がロシアのガスへの依存度を高めることにつながりかねない。プーチン大統領の思う壺だ。

 したがってドイツにとっては、ロシア以外の天然ガス輸入先からの供給量を大幅に増やすことが、プーチン大統領にエネルギーという切り札を使わせないようにする上でも、極めて重要である。ドイツが直面している陥穽は、地政学的状況の変化にも配慮しながら長期的なエネルギー戦略を持つことの困難さを浮き彫りにしている。

熊谷徹
1959(昭和34)年東京都生まれ。ドイツ在住ジャーナリスト。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン特派員を経て1990年、フリーに。以来ドイツから欧州の政治、経済、安全保障問題を中心に取材を行う。『イスラエルがすごい マネーを呼ぶイノベーション大国』(新潮新書)、『ドイツ人はなぜ年290万円でも生活が「豊か」なのか』(青春出版社)など著書多数。近著に『欧州分裂クライシス ポピュリズム革命はどこへ向かうか 』(NHK出版新書)、『パンデミックが露わにした「国のかたち」 欧州コロナ150日間の攻防』 (NHK出版新書)、『ドイツ人はなぜ、毎日出社しなくても世界一成果を出せるのか 』(SB新書)がある。

Foresight 2022年2月16日掲載

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