藤澤五月の劇的ショットを成功させたチーム力 じんわり理解できた吉田知那美の言葉
明暗を分けたのは
正確に石を置いては相手に弾かれる。また石を置いて弾かれる。リードやセカンドが投げた石はまるで意味のない消費的な行動のようにさえ思われる。しかし、ひとつひとつが最後の一投に向けた布石なのだ。相手の心理を揺さぶり、重圧を与え、気力・体力・集中力を削いでいく。この間に、氷の状態、石の特性、コースによる影響の違いなども着実に把握し、チームで情報を共有する。
実は、藤澤の逆転劇を演出した最大の功労者は相手デンマークのスキップ、マドレーヌ・デュポンだった。デュポンはこの試合、絶好調。序盤から精度の高いショットで日本を苦しめた。デュポンひとりがロコ・ソラーレの前に立ちはだかっているような印象さえあった。だが第10エンド、最後の最後に明暗を分けた。その差はデュポンの力量に依存するデンマークとチームの総合力でスキップ藤澤を支える日本にあった。
デュポンの最後の一投は、必ずしも失敗とは言えない。狙った日本の石に当て、投げた石はナンバーワンの位置に止めた。が、動かしたくない石まで動かしてしまった。それでわずかながら日本に3点を奪う可能性を与えてしまったのだ。
吉田の2投目でシートの空気が一変
さらに、同日夜に行われたROC戦は、デンマーク戦以上に厳しい展開となった。
序盤から先手を奪われ、終盤まで「敗色濃厚ムード」が日本チームを覆っていた。上手くいかない。ROCはすべていい方に展開する。第6エンドを終わって2対5、3点のビハインド。その数字以上に、日本チームは重苦しい空気に縛られているように見えた。
これを打破したのは、サードの吉田知那美だった。
第7エンドの2投目。中央やや左に置いてあった日本のガード・ストーン(黄色)に勢いよく当て、弾かれた石がさらに黄色、そしてROCのナンバーワン・ストーンを弾き出して局面を鮮やかに打開させた。吉田の笑顔がはじけ、シートの空気は一変した。
追い込まれたROCのスキップ、アリーナ・コバレワは、最後のショットを完全にミスした。当ててはいけない日本のガード・ストーンにぶつけてしまい、日本に3点のチャンスを残してしまった。藤澤はここでも狙い通り、左のラインからハウスに入れるドロー・ショットを決め、日本は5対5に追いついた。終わってみれば10対5の快勝だったが、吉田の一投が出るまでは、誰の脳裏にも「2敗目の予感」よぎるような厳しい展開だった。
大会前に吉田が言った、「いかにスキップの石を決めやすくするかもサードの大事な仕事」、その公約を果たす一投だった。
この一投で私は、漠然と理解しきれなかった「藤澤の最後の一投に全員の力を注ぎ込む」という強い思いが、決して「精神論」でなく、確かなカーリングのチーム力であることを体感できた。
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