小籔千豊が吉本新喜劇座長を勇退 “大阪の笑い”を全国に広めたという功績

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 小籔千豊は、タレントとしてテレビなどのメディアで活躍する一方で、吉本新喜劇の座長を務めていることでも有名だ。先日、そんな彼が座長を勇退することが発表された。8月の公演をもって座長を退くことになるが、新喜劇の舞台にはその後も出演を続けるという。

 小籔は自らが東京のテレビで活躍することで、吉本新喜劇を全国区に広めるという使命を果たした。だが、それだけの偉業を成し遂げたにもかかわらず、本人はインスタグラムで「#会社の人と話していて記者会見みたいなワードも出たのですが #こんなカスが座長やめるだけやのにわざわざ大勢呼び出すのは忍びないので遠慮させて頂きました」と謙虚な言葉を残した。

 小籔がやってきたことの大きさから考えると、へりくだりすぎているようにも見えるが、彼はいつでもこのような謙虚な姿勢を貫いている。その裏には、吉本新喜劇に助けてもらった自分が恩返しをしたいという純粋な思いがあるからだ。

 小籔は芸人になる前から、自分の面白さに絶対的な自信を持っていた。芸人としてデビューしてからは、山田知一と“ビリジアン”というコンビを組んで活動していた。だが、相方の山田から「作家になるから芸人を辞める」と告げられて、コンビを解散することになってしまった。

 ここで小籔は自信を失い、一度は芸人を辞めることも考えた。当時、交際中だった彼女と結婚するつもりだったので、安定した収入が得られる仕事を見つけなければいけないと思っていたのだ。

 だが、芸人仲間から何度も引き止められたことで踏みとどまり、吉本新喜劇に入って活動を続けることになった。新喜劇に興味はなかったが、毎日定期的な公演があるので、浮き沈みの激しい漫才師よりも安定した生活が送れるかもしれないと考えたのだ。

 最初は苦労を強いられた。何年も芸人として活動していた小籔も、新喜劇では実績ゼロの新人として扱われた。せりふも与えられない端役のような扱いが何カ月も続き、そこから脱出するきっかけも全く見えなかった。

 だが、一度は芸人をあきらめていた小籔には、人並み以上の貪欲さがあった。台本の隅々にまでびっしりネタを書き込んで、ひたすらチャンスをうかがっていた。

 あるとき、公演の前に先輩の川畑泰史から「なんかネタがあるなら言うてもええで」と言われた。小籔は頭をフル回転させて、自分が考えていたネタを説明した。それを舞台でかけてみると、そこそこの笑いが起こった。その後、少しずつ自分で考えたネタを披露できる機会が与えられるようになり、ポジションも上がっていった。

 そして、2006年には史上最年少で座長に就任した。新喜劇には芸歴も年齢も上の大先輩がたくさんいる。座長という地位であっても、その人たちには頭が上がらない。それでも、彼らにネタを提案したり、意見を言ったりしなければいけないことはある。小籔は彼らに失礼のないように最大限気を使いながらも、座長としての責務を果たしていった。

 その後は、新喜劇を広めるのが自分の使命であると考えて、多岐にわたる活動を展開していった。座長を務めながら、自分自身が東京のテレビ番組にも積極的に顔を出した。すべては新喜劇のためだった。

 それまでの新喜劇は、日本の東側の地域にはあまり広まっていなかった。会社としても「大阪の笑いは東京には受け入れられない」と最初からあきらめているようなところがあった。だが、小籔はそうは思っていなかった。東京でも人気がある大阪の芸人はたくさんいる。笑いに東も西もない。新喜劇の笑いもきっと伝わるはずだ。

 小籔は東京でも新喜劇の公演を積極的に行った。場所に合わせてネタをマイナーチェンジするなどの工夫もした。彼の狙い通り、新喜劇は東京をはじめとして全国にもどんどん広まっていった。47都道府県をめぐるツアーも行われた。

 小籔は「自分自身がずっと稼いでいくためには、新喜劇が元気じゃないと困る。自分のためにがんばっているだけです」などと謙虚に語っている。だが、実際のところ、彼が果たした役割は大きい。

 小籔をはじめとする若手の活躍のおかげで、吉本新喜劇は時代の波を乗り越えて、新しい大阪の伝統を作っている。たとえ座長を退いても、彼の功績は長く語り継がれるだろう。

ラリー遠田
1979年、愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、作家・ライター、お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など多岐にわたる活動を行っている。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務めた。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり 〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)など著書多数。

デイリー新潮編集部

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