葛西紀明が明かす、後継者「小林陵侑」金メダルの可能性 伝授した門外不出のメソッドとは
“膝戻り”が課題だった
コーチが教えられるのはジャンプの理論や、見た目で分かるフォームの修正です。ただ、僕としては、それとは別の問題で陵侑が伸び悩んでいるように感じていました。
最大の原因は、ジャンプ台からテイクオフする際に“スリップ”していたこと。たとえば、スケート靴を履いて、スケートリンクで立ち幅跳びすることをイメージしてください。前に跳ぼうとしても、氷の上では足がズルっと後方に滑ってしまいますよね。これと同じ現象がスキージャンプでも起きてしまう。ジャンプ用語では“膝戻り”と呼んでいます。
たとえ、ジャンプする姿をビデオに撮ってスーパースローで再生しても、スリップしているかどうかは判別しづらい。とはいえ、実力があるのに飛距離が出ない場合、スリップに原因があることがほとんどです。そして、膝戻りを直せれば世界のトップに立つことも夢ではない。しかし、本当に難しいんですよ、これを修正するのは。
僕が陵侑に伝えたのは、ジャンプするときに膝を一ミリも動かさずに固定し、太腿とお尻と上半身で身体を持ち上げるようにして飛べ、と。実際、そのアドバイスが陵侑にはピタッとハマりました。
対応力の“天才”
スキージャンプの練習は1日に10~20本程度。10本飛ぶとかなり疲労が溜まるので、翌日の練習に疲れを残さないため本数が限定されるんです。ゴルフの打ちっぱなしのように200回、300回と練習することはできません。しかも、ノーマルヒルの助走速度は時速80キロ、ラージヒルでは90キロになります。
限られた本数しか飛べず、しかも、それほどのスピードのなかで感覚を掴むのは至難の業です。100本飛んで膝戻りを克服する選手もいれば、一生できない選手も少なくありません。それを陵侑はわずか1~2本でものにしてしまった。驚くほど早く、僕の言葉をそのまま身体で表現してくれました。そのすさまじいまでの対応力は“天才”と呼ぶにふさわしいと思います。
それ以外に伝授したのは“レジェンド・ブレス”。陵侑がチームに入ってまもなく、「試合中に緊張して失敗しちゃうんです」と言われたので、僕の編み出した“呼吸法”を教えました。このプレッシャーに打ち克つ“レジェンド・ブレス”を覚えてからは、自然体で試合に挑めるようになったと話していましたね。“企業秘密”なので具体的な方法は僕の著作を読んでもらえると嬉しいです(笑)。まぁ、いまのように勝ちグセがつけば緊張もしないでしょうし、陵侑本人も「最近はやってないですね」と言ってましたけど。
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