「石原慎太郎氏」が長男・伸晃氏について語っていたこと、小池都知事に対する怒り
相当ショック
2月1日に亡くなった作家で政治家の石原慎太郎氏(享年89)。2013年に軽い脳梗塞で入院、晩年は膵臓のがんと闘いつつ、執筆活動を続けてきたという。故人が生前、長男の伸晃氏、そして仇敵となった小池百合子都知事に対して語っていたことについて、関係者に聞いた。
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「去年の総選挙前に話した際、伸晃さんの選挙情勢をかなり心配しているようでした。不仲説とか距離があるとか言われることもあるようですが、少なくとも慎太郎さんは相当な愛情を注いでいたように映りましたね。当然、選挙での落選は相当ショックだったと思いますよ」
と、自民党関係者。一方、自民党の閣僚経験者はこんな見方をする。
「2012年の総選挙で自民党が政権を奪還する前、慎太郎さんは橋下徹氏率いる日本維新の会と一緒になったわけですが、それ以前には亀井静香氏らとの新党構想がありました。亀井氏らと話はまとまっていたのになかなか煮え切らなかったのは、総選挙前の自民党総裁選に伸晃氏が出馬しており、それに気を遣っていたからです。慎太郎さん自身が総裁になれなかった思いを伸晃氏に託したというよりはむしろ、単純な家族愛だったと思います」
金欠で弱小派閥のまま
幹事長として総裁選に臨んだ伸晃氏はその直前、東電・福島第一原発事故で汚染された土壌の保管先について、「福島第一サティアンしかない」と発言し、強い批判を浴びていた。また当時の総裁を裏切るような形で出馬したことで「明智光秀幹事長」などと揶揄されたことも相まって、決選投票にも残れなかった。その後、原子力防災担当相だった2014年6月、除染廃棄物を保管する国の中間貯蔵施設建設について「最後は金目(かねめ)でしょ」とも語り、世間の顰蹙を買った。
「当選回数を重ねても演説の冒頭は慎太郎さんから始めることが多く、要するに親頼みで自分がなくてひ弱な印象がありました。発言は軽く、失言をあげればキリがないほど。まぁ舌禍は父親譲りとも言えますがね。それはともかくとして、派閥のボスになっても熱心に金策に走ることがなかったから金欠で、そんな集団に子分は寄り付かないから弱小派閥のままでした。そんな伸晃氏のために、色んな場面で慎太郎さんは頭を下げて支持をお願いしていましたし、自身の懐からも相当サポートしていたようです」(同)
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