正念場を迎える「日本のSL」事情 “脱炭素”“老朽化”などが課題に

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今後の課題(1)脱炭素社会(カーボンニュートラル)

 今後のSL運行を考えるうえで障壁になりそうなのが、各国が取り組む脱炭素社会だ。我が国では、菅義偉前総理大臣が2020年10月26日に発した所信表明演説で、「温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」ことを宣言している。

 現在、日本の自動車の分野では2050年までにガソリンから電気への転換完了を目指している。路線バスの車両でもディーゼル車からEV車に改造され、横浜市営バスなどで実証実験も行なわれた。トヨタ自動車でも6年間のリース商品ながら、FCバス(燃料電池バス)の導入を進めている。

 一方、鉄道業界でも、大手を中心に二酸化炭素(CO2)の排出量ゼロを目指す取り組みが進められている。鉄道車両に関しては、架線蓄電池ハイブリッド車両(JR東日本EV-E301系、JR九州BEC819系)、ディーゼルハイブリッド車両(JR東日本HB-E300系など)が実用化された。

 さらにJR東日本では、日立製作所、トヨタ自動車との連携により、燃料電池鉄道車両FV-E991系が2022年3月頃に実証実験を行なう予定だ。将来は普通の気動車、DL、SLに大きな影響を及ぼす可能性がある。

 東武鉄道は、2022年度内を目途に日光・鬼怒川エリアを走行する列車及び、浅草発着の同エリア方面への特急列車にかかる電力相当を実質的に再生可能エネルギー由来の電力に置き換え、二酸化炭素の排出量実質ゼロを実現するという。

 しかし、プレスリリースを発表した2021年11月4日時点、SL列車は上記の対象に入っていない。12月24日の火入れ式で、東武鉄道の根津嘉澄社長がこう述べた。

「先日発表いたしました、日光・鬼怒川エリアにおける、鉄道運輸100%の再生エネルギーにつきましては、SLをも含めるべく、検討いたしているところでございます」

 仮にSLの再生エネルギーでの運行が可能になれば、2050年以降もSL列車の運行が継続され、後世に伝えられる可能性を示す。ほかの鉄道事業者も固唾をのんで注目していることだろう。

 実際、アチハという大阪の運送会社では、2019年に植物由来のバイオ燃料でSLを走らせることに成功し、「二酸化炭素を排出しない世界初のSL」が実現した。将来はバイオ燃料によるSLの動態保存継続も考えられる。

今後の課題(2)旅客車両の更新

 SL列車の“相棒”として連結する客車の多くは、国鉄時代に登場した車両が多い。SLは廃車後、静態保存を経て復元されるのに対し、客車は改造車も含め、デビューからずっと走り続けていることから、経年による老朽化が進んでしまう。

 客車というのは、機関車の牽引が必要という、手間がかかる車両である。国鉄分割民営化後は電車化や気動車化が進められ、衰退の一途をたどってしまう。新型客車として登場したのは、上記のほか、JR東日本の24系25形『夢空間』、寝台特急〈カシオペア〉用のE26系、JR九州の77系クルーズトレイン〈ななつ星 in 九州〉で、ほとんどが寝台車である。

 SL列車用の後継客車が現れないのは、改造できる車両がないこと、この先も運行を続けるという保証がない限り、新型車両の導入に踏み切れないものと思われる。

 日本のSL列車は、あらゆる意味で「正念場を迎えた」と言っていいだろう。

【取材協力:東武鉄道】

岸田法眼(きしだ・ほうがん)
レイルウェイ・ライター。1976年栃木県生まれ。『Yahoo! セカンドライフ』(ヤフー)の選抜サポーターに抜擢され、2007年にライターデビュー。以降、フリーのレイルウェイ・ライターとして、『鉄道まるわかり』シリーズ(天夢人)、『AERA dot.』(朝日新聞出版)などに執筆。著書に『波瀾万丈の車両』『東武鉄道大追跡』(ともにアルファベータブックス)がある。また、好角家の一面を持つ。引き続き旅や鉄道、小説などを中心に著作を続ける。

デイリー新潮編集部

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