日本が3月から島根・山口沖合で「海洋ガス田」の採鉱を開始する背景
INPEXと石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)は1月17日「島根県と山口県から約100km超の沖合で、海洋ガス田の探鉱を3月から行う」ことを発表した。
日本での海洋ガス田の開発計画は1990年から生産している新潟県沖以来であり、陸上を含めても20年ぶりのことだ。探鉱にかかる事業費は330億円で、JOGMECが半分を出資する。現地で試掘し、商業化できる埋蔵量があるかどうか確認した上で、2032年頃の生産開始を目指している。ガス生産量は年間90万トン超を見込んでいる。
日本は天然ガスのほぼ全量を輸入に依存している。2019年度の天然ガス輸入量が7650万トンであるのに対し、国内生産量は173万トンで自給率は2.2%だった。島根・山口沖での天然ガス生産が開始すれば、国内自給率は3.4%に上昇する計算になる。
今回の計画地では既に天然ガスの埋蔵が確認されていたが、今年に入り生産開始に踏み切った背景には世界的な天然ガス価格の高騰があることは間違いないだろう。
「脱炭素」の動きが急速に強まっている状況で、化石燃料の中で二酸化炭素の排出量が最も少ない天然ガスの需要が急速に高まっているからだ。気体である天然ガスは液体である原油に比べて使い勝手が悪いことから、熱量単位で比較した価格は原油よりも大幅に割安だったが、今や原油をはるかに上回る価格で取引されている。
世界で高まる天然ガス価格
天然ガス価格の高騰は欧州で始まったが、その波は世界全体に広がっている。アジア地域の液化天然ガス(LNG)のスポット価格も昨年末に一時100万BTU(英国熱量単位)当たり50ドル近くにまで急騰した。天然ガス開発への投資も先細りの傾向を示していることから天然ガスの需給は逼迫しやすくなっており、「世界の天然ガス価格が上昇する傾向は今後も続く」との見方が強まっている。
今回の決定は、国際エネルギー機関(IEA)が昨年5月に出した提言(2050年に温室効果ガスの排出量をゼロにするため、化石燃料の開発への新規投資を停止すべき)に反している。だが不安定化している世界の天然ガス供給を前に、天然ガスの自給率を高めて安定供給を確保する政策の重要性が急速に高まっている。「背に腹は代えられない」のだ。
天然ガスを巡る国際環境の変化も見逃せない。
原油はかねて「戦略物資」と呼ばれてきた。戦略物資の本来の意味は「戦争遂行に欠かせない物質」だが、現在では「地政学リスクに左右されやすい、経済発展に不可欠な重要物資」と解釈されている。地政学リスクが高い中東地域に埋蔵量が偏っている原油に対し、天然ガスは生産地域が遍在し、地政学リスクの影響を受けにくいとされてきた。
1970年代の石油危機を契機に原油消費国は天然ガスへの燃料転換を図ったが、その成功例は当時の西欧だった。冷戦の最中、当時の西ドイツが主導する形で旧ソ連産天然ガスが西欧地域に供給された。西シベリアから約5000km離れた西ドイツに天然ガスを供給する世界最長のパイプラインの名称は「ドルジバ(友好を意味するロシア語)」だった。その名称が示すとおり、天然ガスの供給者と需要者という互恵的な関係を通じて、ソ連と西欧の間に信頼が醸成された。「パイプラインの敷設は地域の安全保障に寄与し、冷戦終結を導く要因の一つとなった」との評価があるぐらいだ。
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