減り続ける日本の「お酒」――活路はどこにあるか――都留 康(一橋大学名誉教授)【佐藤優の頂上対決】
この2年に及ぶコロナ禍でお酒はすっかり悪者となり、感染を気にしながら飲むものになった。だが統計上は、もう30年以上前から日本人の飲酒量は減っているのだという。それはいったい何故なのか。これに酒造会社はどう対応しているのか。経済学者による酒造業界の分析と未来への提言。
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佐藤 この2年間、新型コロナの感染拡大で、お酒を飲む機会は激減しました。けれども都留先生の『お酒の経済学』(中公新書)を拝読すると、日本のお酒の消費量は、もうずっと減り続けているのですね。
都留 酒類の年間消費量は、1996年度に最大値を記録し、その後、減少に転じました。成人1人当たりの年間消費量では、1992年度の101.8リットルがピークで、令和となった2019年には78.2リットルまで減っています。
佐藤 その原因はどこにあるのでしょうか。
都留 単純に人口が減ったからと言う人がいますが、それは最近のことなので、違うんですね。
佐藤 日本の人口のピークは、2008年とされています。
都留 法律的には、20歳以上に飲酒が認められています。ですから20歳から64歳までを飲酒適齢層とすると、2000年くらいまでは増加し、以後減少します。代わりに65歳以上の高齢者が増え、いまは成人人口の3分の1くらいになっています。
佐藤 なるほど、飲む人の年齢構成に関係がある。
都留 ただ個人の消費量はもう30年前から減っていますから、おしなべて日本人が飲まなくなっているのは間違いありません。
佐藤 そうなると、日本人の食生活における嗜好性と関係があるのかもしれないですね。
都留 飲まなくなっていることと同時に起きているのは、消費の多様化です。昔は、最初に飲むのは圧倒的にビールでしたが、いまはさまざまなお酒を飲みます。私はいまも「とりあえずビール」ですが、その次は和食だったら日本酒に、洋食ならワインや焼酎に切り替えます。人それぞれの嗜好とともに、個人においても多様なお酒を飲むようになっています。
佐藤 学生を連れて飲みに行く時、もう「とりあえずビール」は通用しないですね。「えー、先生、おじさん酒」と言われる。学生たちはモスコミュールやオレンジキュラソーなどバラバラにお酒を注文します。だから乾杯までに20分近くかかってしまう。それで最近は「とりあえずスパークリングワイン」にして、それから好きなものを頼んでもらうんです。
都留 面白いです。経済学の観点からすると、多様化は選択肢の拡大です。飲まないことも含めて自由の拡大と捉えられ、望ましいことです。この自由は、知識を持った上で何かを選ぶことで、ノーベル経済学賞を受賞したアマルティア・セン博士の言う自由概念です。ただ時間コストもありますから、「とりあえずスパークリング」はいいかもしれないですね。
佐藤 学生たちはカクテルの名前や日本酒、ウイスキーの銘柄もよく知っているんですよ。
都留 それもいいことですね。ただおじさん的観点から言うと、カクテルが食中酒というのは、少し気になりますけども。
佐藤 食事を美味しくいただくためのものですからね。
都留 お酒の選択肢が広がること自体は歓迎すべきことなのですが、それが自分の意思による自由な選択か、という問題があります。5年ごとに行われる「全国消費実態調査(現・全国家計構造調査)」を見てみると、お酒は所得別に飲む種類がはっきり分かれます。1974年と直近の2014年の調査を比べると、高所得者層はワインとウイスキーを多く飲んでいます。一方、低所得者層は、昔は焼酎で、2014年は発泡酒と焼酎です。
佐藤 いまは安いワインもありますが、低所得者は飲んでいない。
都留 中間層はあまり変わらず、ワイン、ウイスキー、ビールに日本酒、焼酎も同じように飲みます。支出額を見ると、中間層にはあまり変化がない。でも高所得者層はよりたくさん飲むようになり、頭数の多い低所得者層は飲まなくなっているんですね。「飲みたくてもお金がないから飲めない」なら、それは自由な選択とはいえません。
佐藤 消費量に所得格差がはっきり出ている。
都留 はい、これが日本人の酒類消費量が減ったことの一因でもあると思います。
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