脱炭素にはつながらない嘘だらけのEV推進政策――岡崎五朗(日本自動車ジャーナリスト協会理事)【佐藤優の頂上対決】
世界各国でガソリン車からEVへの急速な転換が進められている。言うまでもなくカーボンニュートラルのためだが、そもそも「EV=クリーン」は真実なのか。また世界の自動車メーカーは、ほんとうにEVへ舵を切ったのか。モーター・ジャーナリストの第一人者が危惧するEV推進の陥穽。
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佐藤 岡崎さんは、日本カー・オブ・ザ・イヤーやワールド・カー・アワードの選考委員を務められるなど自動車のプロとしてご活躍ですが、このところEV(電気自動車)政策についても積極的に発言されていますね。
岡崎 モーター・ジャーナリストは、新車が出るとその車に乗って、ここが素晴らしいとか、ここは良くないとか批評をするのが仕事ですが、この1~2年、EVについて、実情と掛け離れた話がさも事実のように語られていて驚いたんですね。いったい、どうしてこんなことが起きているのかと思って、調べ始めたのがきっかけです。
佐藤 前からテスラのEVはよく話題になっていましたが、ここにきて、もうじき、すべての車がEVに替わるという雰囲気になっています。
岡崎 日本では2020年10月に菅義偉総理(当時)が所信表明演説で、2050年までにカーボンニュートラルを実現させると表明したことが大きい。これを受けて経済産業省が2030年代半ばにガソリン車の新車販売を禁止する方針を打ち出し、昨年1月の菅総理の施政方針演説には「2035年までに新車販売で電動車を100%実現する」ことが盛り込まれました。
佐藤 それに追随して、小池百合子東京都知事が、都は2030年まで、と言い出しました。
岡崎 国より早い時期を言って、注目されたかったのでしょう。でもそれが実現する根拠なんて、どこにもないんですよ。
佐藤 何かやっている感じを出すパフォーマンスですね。
岡崎 国の方針では、ハイブリッド車は電動車に含めることになりましたから、禁止されませんでした。でもヨーロッパでは、気候変動問題に積極的な欧州委員会が2035年にハイブリッド車も販売禁止するという草案を出してきました。
佐藤 2015年に採択されたパリ協定を背景にした動きですね。世界の平均気温の上昇を、産業革命前を基準に2度未満に抑え、1.5度を目指す。
岡崎 2度とか1.5度という数字は実のところ明確な科学的裏付けがあるわけではなくて、しかもパリ協定は、そのざっくりした目標を達成するため各国考えてください、という曖昧なものです。でもCO2削減は喫緊の課題となり、EVは排気ガスを出さないからクリーンだよね、化石燃料を使わず再生エネルギーで電気を賄えばエコだよね、といった一見わかりやすく、正しそうに見える嘘をみんなが信じるようになってしまいました。
佐藤 メディアも大合唱していますし、政治家もそう考えている。
岡崎 新橋で酔っ払いがそう言うならまだしも、国益を考えて行動しなきゃいけない政治家までが付和雷同し、ミスリードしているのは問題です。こうした誤解には一つひとつ反証していかないといけませんから手間がかかりますが、モーター・ジャーナリストとして、EV以外はダメ、EVだけが解決法だという話が間違っていることは、きちんと説明しなければいけないと思っています。
佐藤 これは明らかにヨーロッパの産業戦略ですよね。
岡崎 その通りです。ヨーロッパは日本のハイブリッド車に対抗して、ディーゼル車の開発を進めてきました。ディーゼルは燃費がよく、それはつまりCO2排出量が少ないということです。実際、ヨーロッパでは日本より高速を保ったまま走ることが多く、ハイブリッド車はそれが得意ではないので、ディーゼルという選択は合理的でした。でもそこに不正が発覚した。
佐藤 2015年のフォルクスワーゲンの事件ですね。
岡崎 ええ。アメリカにクリーンディーゼルを売り込むのですが、ハイブリッド車より速く、パワーもあることを見せるために、ソフトウエアをいじって、検査の時だけ有害物質の排出量を低く抑えるようプログラムを書き換えてしまったんですね。それがバレてしまった。
佐藤 あの時は大騒ぎでした。
岡崎 それでディーゼル車戦略が頓挫します。でもハイブリッドの技術は出遅れていて、日本には追いつけない。それで一気にEVに舵を切ることになったんですよ。
佐藤 車から内燃機関をなくして、ゲームチェンジしようとしたわけですね。
岡崎 昨年10月末からのCOP26を見て改めて思ったのは、ヨーロッパが掲げる理想や正義を額面通りに受け取ってはいけないということです。あの会議では途上国にまで石炭火力発電を止めろと言っていましたね。
佐藤 発展するなと言っているに等しい。
岡崎 そう言いながら、ドイツのメルケル首相(当時)は、中国に石炭火力発電の技術を提供するとも言っている。結局は自分たちの利益のためで、ゲームチェンジもその一つです。
佐藤 分野は違いますが、捕鯨も同じです。もともとイギリスやアメリカが大規模に行っていました。
岡崎 それも鯨油だけ取って、肉は捨てていたわけでしょう。食文化になっている日本と一緒にされては困ります。
佐藤 しかもヨーロッパは、都合の悪いものは外部移転で他の国に押しつけている。自分たちさえよければいいのですよ。
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