元公安警察官は見た 10年前、駐日シリア大使はなぜ日本を追い出されたのか

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 日本の公安警察は、アメリカのCIAやFBIのように華々しくドラマや映画に登場することもなく、その諜報活動は一般にはほとんど知られていない。警視庁に入庁以後、公安畑を十数年歩き、数年前に退職。9月に『警視庁公安部外事課』(光文社)を出版した勝丸円覚氏に、シリア内戦の影響で日本を去った駐日シリア大使の話を聞いた。

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 2010年12月、チュニジアで起こったジャスミン革命(民主化運動)はアラブ諸国へ広がり、翌年「アラブの春」へと発展。エジプトでは30年続いたムバラク政権、リビアでは42年続いたカダフィ政権が崩壊した。

 シリアでも2011年1月、アサド大統領(ハーフィズ・アサドとバッシャール・アサド)による40年間続いた独裁政権に対する抗議運動が始まった。

「当初は、民主化を求める平和的なデモ活動でした」

 と語るのは、勝丸氏。公安外事1課で公館連絡担当班に所属していた同氏は、大使館や総領事館との連絡・調整が主な任務で、大使館の情報には精通していた。警備上の問題などで、当時駐日シリア大使館のムハンマド・アル・ハバシュ大使と連絡を取っていた。

「ところが、アサド大統領が反政府運動を武力で弾圧し、多くの犠牲者が出たことから国際的な批判を浴びました」

「自分たちの事情」

 ハバシュ大使がアサド大統領から駐日大使に任命されたのは2010年1月。同年2月19日、皇居で信任状を捧呈して正式に着任した。

「彼は、アサド大統領がデモ隊に対して大規模な弾圧を行ったことについて『外国にはわからない、自分たちの事情がある』と私に説明していました。落ち着いた穏やかな人柄で、いかにも大使らしい品格がありました」

 もっとも、シリア内戦は激しさを増していく。反体制派は近隣諸国から支援を受け武装蜂起し、反政府軍(自由シリア軍)を結成した。欧米は反政府軍を支援。一方、政府軍はロシアやイランが支援した。

「国際テロ組織のアルカイダや過激派組織のイスラム国(IS)も参戦し、内戦は泥沼化の様相を呈してきました」

 日本とシリアの関係も急速に悪化した。

 当時の松本剛明外務大臣はシリアに対して談話を発表した。

《デモ隊に対して武器が使用される事態に至っていることは大変遺憾です。我が国は、すべての関係者に対して、暴力の使用を控えるよう呼びかけます。》(2011年4月13日)

《民間人への暴力を直ちに停止すること、及び、国民が求める政治、経済等の面における諸改革を早急に実施し国内の安定を回復することを強く求める立場から、シリアに対する経済協力を見直すこととしました。具体的には、緊急・人道的性格の援助を除き、新規の経済協力案件の実施は見合わせることとします。》(2011年5月11日)

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