自分のことは棚に上げ、娘の不倫は許さない… 54歳の父が駆け落ち寸前の我が子にした“恥ずかしい説得”

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娘の駆け落ち未遂

 大問題が勃発したのは3年前のことだ。乃莉さんの家にいるとき、亮太さんはいつも携帯を切っている。その日もそうだった。マンションを出て、駅を突っ切って帰れば早いのだが、人目があるので駅には行かず遠回りして帰宅するのが常だ。歩きながら携帯の電源を入れると、妻から何度も電話やメッセージが来ている。

「何かあったのかと電話をすると、『娘が大変なことになっている』という。あわてて帰ったらキャリーバッグを持った娘を、妻と息子が玄関先で押さえつけていた。妻の両親もいました。妻が『この子、不倫してるのよ』と叫ぶんです。こんな子に育てた覚えはない、と。まずは話を聞こうとみんなでリビングに行きました」

 21歳になったばかりの娘は大学に通いながら塾でアルバイトをしていた。そこの人気講師と恋に落ちたというのだ。相手は20歳も年上で家庭があった。ふたりは駆け落ちする予定だったらしい。

「自分が彼女の家から戻ってきたばかりですから、そんな話を聞いてドギマギしてしまいました。でも平静を装って、駆け落ちというのは現実的じゃないね、と言うしかなかった。実際、仕事を失うのは彼、娘だって大学に通えなくなる。せっかく入りたい大学に合格してがんばっていたのに。『きみは、これから60年も人生が残っている。それなのに今、そんな判断をしたら後悔するぞ』と説得したんです。娘は『好きなんだもん』と号泣しました。好きなら駆け落ちなんていうことはするな、相手が離婚してきみと一緒になりたいというなら話は別だ。そう言いながら僕自身、これはきれいごとを言っていると感じていました」

 とりあえず彼は、娘と一緒に待ち合わせ場所へと向かった。相手は車で待っていた。父親が出てきたことで、彼はすっかり怯えているように見えた。

「彼と話しました。娘を好きだというなら離婚して出直してほしい、と。あなたも講師なら、自分の立場を考えたほうがいいとも言いました。彼は『娘さんのことは本気で好きなんです』と必死で言う。それはわかった、娘も本気らしい。だから離婚してもう一度、正々堂々と来てくださいと。言いながら冷や汗が出ましたね」

「おとうさんにはやましいことはないの?」

 彼は黙って帰っていった。娘とふたり、言葉を交わさずに帰宅した。玄関のドアを開ける前、娘が振り向いて彼の目をじっと見た。

「おとうさんにはやましいことはないの?」

 亮太さんの心臓がふくれあがって高い音を立てた。娘は何か知っているのか。だが亮太さんは娘の目を見つめ返した。

「ない、と断言しました。娘はふっと皮肉っぽい笑みを浮かべた。なんだよと言ったら、『別に』と言って家に入って行きました。娘は今は『別れたから』とは言っていますが、本当のところはわかりません。就職して昨年、家を出ていったので、もしかしたらまだつきあっているんじゃないかという気もします。妻が探りを入れているようですが、もう社会人なのだから放っておけと言っています」

 そして亮太さんと乃莉さんは、今も関係が続いている。コロナ禍にあっても、ふたりの関係は何も変わっていない。すでに15年という歳月が流れたが、乃莉さんは変わらず生き生きと仕事をし、好きなように生きている。

「結局、乃莉の人生を奪っているんじゃないかとも思いますが、乃莉は『それはあなたの傲慢だ』と笑うんです。こういう女性もいるんだなと思う一方、娘も乃莉みたいな考えをもっているのだろうかと思い返すことはありますね。あのときの娘の冷笑が脳裏によみがえります。このままでいいんだろうか、乃莉もまだ40代半ば。今ならまだ人生をやり直せるかもしれない。だけど彼女との心地いい関係があるからこそ、僕はここまで生きてこられた。娘の相手も同じように思っているのかな、とか。ぐるぐるいろいろなことを考え始めると収拾がつきません」

 後悔しているわけでもないし、今の状態に不満があるわけでもない。ただ、どこか自分の身勝手さを恥じている亮太さんの気持ちが伝わってくる。もっといえば、娘と違って「一緒になりたい」という願望を一度も見せない乃莉さんの気持ちが物足りないのかもしれない。亮太さん、自分でも整理しがたい複雑な感情を持て余しているように見えた。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部

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