自分のことは棚に上げ、娘の不倫は許さない… 54歳の父が駆け落ち寸前の我が子にした“恥ずかしい説得”

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電車で感じた視線がきっかけで…

 そして彼はある日、恋に落ちた。38歳のときのことだ。出会いは唐突だった。

「接待で飲んだ帰り、混んだ電車の中で若い女性と目が合ったんです。訴えるように見ているので、彼女の目線を追ったら触っている男がいた。ものすごく腹が立ちましてね、『何やってんだ』と彼の手をつかんで上げ、次の駅で駅員に引き渡しました。警察も来て、行きがかり上、証人にならざるを得なくて。男は酔っていて覚えていないと言っていたけど、たぶん僕のほうがずっと酔ってた。だけど女性を触ろうなんて思いませんよ。酔ってるという言い訳じたい卑怯ですよね。そこから警察に行ったりしたので終電に間に合わず、彼女と一緒に解放されたのはもう午前1時になっていました。女性は恐縮してタクシーで家まで送ると言ったけど、彼女に非はない。とりあえず住所を聞いたら同じ駅。駅を挟んでお互い駅から徒歩5分、というような場所に住んでいたんです。びっくりしました。その日は僕が彼女を送って帰宅しました」

 妻子は寝入っていた。翌朝、妻に「遅かったのね、昨夜」と言われたので、ことの顛末を話した。妻は顔をしかめて、「そんなめんどうなことに関わらないでよ」と一言。亮太さんは「うちにだって娘がいる。朱美がそんな考えだと知ってがっかりしたよ」と思わず言ってしまった。この一件が妻との決定的な亀裂になったかもしれないと彼は言う。

「前の晩、女性に名刺を渡していたんです。今後、何かあったらいつでも証言するからと。翌日、早速彼女から連絡があった。お礼に食事でもというんです。お礼はいらないというと、『ご迷惑でしょうか』って。迷惑なわけはないので会うことにしました」

 義侠心でいっぱいになっていた亮太さんに下心はなかった。ただ、彼女に会ってみたら、「前の晩よりずっと素敵な女性に見えてびっくりした」そうだ。彼女は乃莉さんという名前で29歳だった。

「外資系の企業に勤めるバリバリのキャリアウーマンでした。痴漢にあっても声を上げられなくて、酔客でいっぱいの電車では誰も助けてくれないから……とつぶやいていました。僕と目が合ったとき、この人なら助けてくれるかもと思ったそうです。うれしかったですね。同時に恋に落ちた実感がありました」

 恋に落ちても、恋を進めることはできなかった。彼女にとって自分はある意味で「恩人」だったから。それを笠に着て関係を迫るようなことはできない。

「悶々としていましたが、彼女からは例の痴漢の一件もあってときどき連絡がある。食事をしたり飲みに行ったりする関係が続きました。彼女はいち早く弁護士をつけていたんですが、加害者は丁寧な謝罪の手紙を送ってきた上で、精神的な損害賠償も払ってくれたそう。初犯でもあるので罰金刑になったと。彼女は『奥さんも子どももいるみたいなので私も厳罰は望んでいなかった』と言っていました。ただ、職場は退職せざるを得なかったようで、彼女はかわいそうなことをしてしまったのかなと悩んでいました。被害者なのに悩んでいる彼女が気の毒で……」

亮太さんが得た「学び」

 彼女と一緒のとき、亮太さんはいつも帰りにタクシーを使った。電車で誰かに見られたら困るからだ。あるとき、いつものようにタクシーで彼女のマンションまで行くと、「今日は早いし、コーヒーでも飲んでいきませんか? おいしいコーヒーがあるんですよ」と誘われた。断れなかった、というより断りたくなかったと彼は言う。

「部屋に入ると、9歳年下の彼女に抱きつかれました。『いつの間にか好きになってしまったの』と消え入りそうな声が聞こえて。我慢できなかった。こっちは恋心でいっぱいになっていたのだから。『オレも。ずっと好きだった』というのが精一杯。頭の片隅で、いや、この関係はいかん、と思いながらも自分を止めることはできなかった」

 だが関係が始まってからも彼は苦悩していた。独身の彼女を束縛はできない。好きでたまらない彼女と別れる日のことを思うと涙が出た。それでも日常生活は続けなければいけない。

「彼女は、『私は結婚なんて考えてないから』と言うんです。女性は結婚したいはずだと僕もなんとなく思い込んでいたんだけど、実際、彼女に結婚の意志はなかったみたい。休暇がとれれば海外へひとりで行ってしまう。自立しているんですね。人に頼ろうとするところがまったくない。『あなたが一生、私の人生のパートナーでいてくれることが私の願い』と海外からメッセージをもらったことがあります。結婚という形にとらわれないパートナーシップを彼女から学びました」

 ケンカの種もないから、ふたりは常にいい関係だった。会う日も決めず、連絡をとりあって都合がつけば会う。美術展や映画館に行くこともあった。

「乃莉は歌舞伎が好きだという。僕は観たことがなかったから連れていってもらいました。彼女は行く前に『鑑賞の邪魔にならない程度の歌舞伎の知識』を自分で作って送ってくれたんです。そういう彼女の優しさと頭の良さに、ますます惚れました」

 一方、家庭は「それなりに」回っていた。亮太さんは恋をしてから、家族を俯瞰で見守る術を身につけたという。

「必要以上に関わらない、だけど家族としてゆるく見守る。そんな感じです。うちは中学までは地元の公立校でしたが、長女がどうしても、ある私立高校に行きたいという。なぜ、その学校なのかを聞き、納得できたのでがんばれと応援しました。大学受験のときは、もう大人だから好きに選んでいけばいい、と。妻はもう少し細かく関わっていたようですが、僕はあえて口を出しませんでした」

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