家電“質”販店を生み出した「人」からの経営――野島廣司(ノジマ取締役兼代表執行役社長)【佐藤優の頂上対決】

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日本はなぜ近代化できたか

佐藤 野島さんの核心にある、その「人」からの経営は、どこから生まれてきたのですか。

野島 私は、明治維新後の日本が、どう近代化して西欧の国々と肩を並べるまでになったかに、非常に関心があります。下田や横須賀、横浜の開港資料館へ行ったこともありますが、開国を迫ったペリーは日本を非常に高く評価していました。まず庶民も字が読めること、計算できること、そして礼儀正しいことの三つに驚いたんですね。そして100年後にはいい国になっているだろうとも言いました。もっともそれから日本は戦争を起こして、やがては敗戦国になってしまいますが、そこまで伸びていったのは「人の力」があったからだと思うんです。

佐藤 外務省に入った時、先輩から「ウチの会社には人しかいない。お前たちの人間力で外交が変わるんだ」と言われたのを思い出しました。それは資源も技術もなかった日本自体にも当てはまることです。日本は人の能力を引き上げていくことで、発展してきたといえるでしょうね。

野島 明治維新で日本は非常に生産性が上がりました。そこに識字率や計算能力の高さもあったと思いますが、もう一つ大きな要因があると思います。それは、二宮金次郎の生き方、つまり努力することです。

佐藤 慶應義塾大学の松沢裕作教授が『生きづらい明治社会』という本を書いています。その中で二宮金次郎や石田梅岩に淵源があるような「努力すれば必ず報われる」という考え方を「通俗道徳」と呼び、それが江戸時代の半ばに生まれて明治時代に広範囲に普及し、日本の近代化の原動力になったと指摘しています。もっとも彼は、通俗道徳は自己責任論につながるものとして、否定的に取り上げているのですが。

野島 ただ、努力する人がいたからこそ、日本が発展していったのは確かでしょう。だから私は明治維新から戦前までの商業についてよく知りたいのです。でも案外、それを描いた書物が少ない。邦光史郎さんが岩崎弥太郎を描いた『三菱王国』や、泉屋理右衛門を描く『住友王国』を繙(ひもと)き、城山三郎さんが渋沢栄一を描いた『雄気堂々』も大好きで読みました。他にも安田善次郎や、大倉喜八郎、藤田伝三郎を扱った本なども手に取ってきましたが、どれも人物伝です。商業や経済を描いたものがない。

佐藤 そうかもしれません。いま挙げられたのは、官、つまり国家との結びつきの中で企業を成長させた人たちです。殖産興業と戦争政策の中で、いわば政商的な動きをして大きくなった。でも野島さんは、小売からスタートし、努力して自力で這い上がってきたわけで、二宮尊徳に近い。ですから戦前の財閥はあまり参考にならない気がします。

野島 そうかもしれない。ただ最近は、国家の力も多少は必要かなと思っているのですよ。例えば、小売業にとってはアマゾンの問題は大きい。

佐藤 日本でビジネスをしているのに、ほとんど税金を払っていませんからね。その分は開発投資や従業員の給与に回せます。だから非常に有利な条件で事業展開ができる。

野島 そうなんです。でも政治家にお話ししても、世界中でそういうフォーマットができてしまっているので、対処が難しいと言うんです。でもそれでは戦いづらいし、日本の国としても損をすることになる。

佐藤 このところ「経済安全保障」と言われ始めたでしょう。基本的には中国を念頭に置いたものですが、あれは将来的にGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)を潰すことにつながっていくんじゃないかと思っています。だから10年後にGAFAがあるかどうかはわからないですよ。

野島 ほんとですか。

佐藤 税金はもちろん、プライバシーや忘れられる権利の保護といった形で、ヨーロッパではもう規制が始まっています。またGAFAの一番の弱点は「人」です。あの企業形態は、雇用をほとんど生み出しませんから。

野島 下請けの物流現場では、かなり酷い労働条件だと聞きますね。

佐藤 ただ便利というだけで使っていたら、日本の小売業は大変なことになると思います。

野島 私は日本人がアマゾンの言いなりというか、奴隷みたいな立場に置かれてしまうのではないかと危惧しているんです。

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