「水谷豊」独占80分 松田優作との思い出、「相棒」の舞台裏、体力維持と老いを語る
ユーモアとシニカルのバランス
20年以上も同じ役を演じ続けてきたことについては、「やれるとも思わなかったし、やろうとも思わなかった」という。
「相棒」は毎年10月から3月までの放送で、撮影期間は7カ月に及ぶ。
「毎回ね、7カ月間やっていくというのは、精神状態がおかしくなる。肉体労働でもあるけど、精神がどっかに行っちゃうことがあるんですよ、この仕事は」
俳優が役にのめり込むのは不思議なことではないが、気持ちの切り替えがうまくいかないと、役から抜け出せなくなり、日常との境目が分からなくなってくる。
「こんなに長く続けることができたのは、脚本が素晴らしいということもありますね。いつもその時代、社会を切り取っていくから、古くならないんですよ」
「相棒」の脚本が描くドラマにはシニカルな面とコミカルな面があり、そのバランスがとてもいい。
「それ、僕が凄く好きな世界です。アインシュタインだって、最後に人類を救うのはユーモアだ、と言ったくらい、ユーモアは大切でね。シニカルな世界というのも、心のどこかにないとバランスが取れないし」
「大変さ」が「喜び」に
「相棒」を観るたびに感心するのは、冒頭でも触れた彼の長台詞である。長回しのキャメラの前で数分間、とうとうと喋り続けるのだ。
「ある時『この大変さは自分しか味わえない』と思い始めた。『これは僕しか経験していないぞ』って。そうすると長台詞が自分しか味わえない喜びに変わった。大変じゃなくなったの」
22年には古希を迎える彼が第一線を走り続けていられるのは、このポジティブ思考があってこそだろう。
「昔、海外へ行ったとき、事業に成功していたコロンビア人と話す機会があって、その人に『人生で成功する秘訣はひとつしかない、それは楽しむことだ』と言われたの。精神がおかしくなりそうだったときに、その言葉を思い出したんです」
常に前向きで、新たなチャレンジを続けている彼に、終活などという言葉は無縁に違いない。
「考えてないです。だって、結局今が過去の証明なんですよ。今が良いという自分がいれば、過去が全部肯定できる。あれがあったから、今こうしていられるんだと。それをもとにして未来へ向かっていく方がいい」
彼を未来へ向かわせるモチベーション、知的好奇心を掻き立てられるのは、どんなことなのだろうか。
「僕ね、興味があるのは、もう人間そのものだと思いますよ。人間が分からない。事あるごとに、人間って何だろう。どうあったらいいんだろう。どうあってはいけないんだろうという疑問が延々続いているんですよ。それは、やはり社会と密接な関係があるわけですよね。公に語ることはないけど、そんなことをずっと考えている。自分のことだって分からなくなることがありますもんね」
知的好奇心を持ち続ける秘訣は
自分の中にまだ見ぬ自分がいる。予想外の発見かもしれないが、新たな自分との出会いは楽しみでもある。
「何が出てくるんだろうという期待は、いつもあるんですよ。それと、こういうことをしたいとか、自分を向かわせる目標は持った方がいい。仕事以外で好きなことを見つけてもいいんだけど、なかなかね」
社会全般に関心を持っていると、世界情勢にも敏感になってくる。
「人間で感動することもあれば、人間がやっていることに打ちひしがれるというか、この世の終わりさえ感じてしまう。いろいろな国で起きている悲惨なこと、それだけを取っても、人間って本当に進化しないんだ、未だに人同士で傷つけ合っているんだと思う。そうすると、次はどうすればいいのか、という興味になっていく。気持ちを昇華させていくというか。それが物を創ることに繋がっているのかもしれませんね」
撮影に追われる日々の中でも摩耗せず、知的好奇心を持ち続けていられるのはなぜなのか。オフの日の過ごし方にヒントがあった。
「僕は休みの前日は夜中まで、時には朝までダラダラしているのが好きでして、音楽を聞いたり、本を読んだり、映画を観たり、と時間に縛られることなく、好きなことをしていたい。なので、寝るのは大抵朝方で、起きるのは昼頃。睡眠時間は5時間くらいでしょうか。なにもなければ、ずっと起きていたいですね」
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