日本海にミサイル発射“本当の狙い”、金与正は復権ならず…【2022年の北朝鮮】

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 北朝鮮は、新年早々に日本海に極超音速ミサイルの発射実験をした。北京五輪開会式1カ月前の、中国への「お年玉」だ。悪化する中朝関係を国際社会に示す嫌がらせだ。北朝鮮は7日、北京五輪「ボイコット」を発表した。中国は相当に困惑し怒ったようで、北朝鮮のミサイル発射に2日過ぎても反応せず、異例の対応でこれまでのような弁護もしなかった。北朝鮮は、今年4月15日には、金日成(キム・イルソン)主席生誕110年を迎える。大きな式典を準備しているが新たな展望はなく、国境封鎖の「巣ごもり」が続く。

 北朝鮮の労働党機関紙「労働新聞」は、1月6日にカラー写真でミサイル発射実験の様子を大きく報じ、「国家戦略武力の現代化を果たした」と自慢した。だが、冷静に受け止めてほしい。実験であって、まだ「配備」はしていない。米国は、配備する量産体制と実戦能力は乏しい、と見ている。

 北朝鮮のミサイル発射の判断には、「実験」か「演習」かの区別が不可欠だ。「演習発射」でなければ、実践配備されていないのだ。発射を問題ないと示すためか、冬季演習と解説した大学教授もいたが、それは大間違いだ。

 韓国と北朝鮮は、昨年には潜水艦発射ミサイルの開発を競うなど、軍拡競争の時代に突入した。正月の新型ミサイル発射は、それを表面化させた。

「労働新聞」は年末に、5日間に及ぶ党中央委総会を行ったと報じた。年末には、金正恩(キム・ジョンウン)総書記の祖母の誕生日を記念して重要会議が開かれる。党中央委総会は党大会と同じ重要会議で、高官人事が決まる。

 このため韓国の専門家や政府関係者は、金正恩氏の実妹・金与正(キム・ヨジョン)氏が「政治局員候補」として復帰するのではないか、と注目していた。金与正氏は、1年前の党大会で政治局員候補から中央委員に「降格」された。

 金正恩氏が絶対的な独裁権限を握る北朝鮮で、なぜ妹は降格されたのかが、日本や韓国の北朝鮮ウォッチャーにとって最大の謎であった。2019年の米朝首脳会談失敗の責任を問われたのか。当時、姿を消した秘書室長・金昌善(キム・チャンソン)氏は、昨年、復権しており、金与正氏も「政治局員候補」に復帰するとの観測があったがダメだった。

 なぜ金与正氏は復帰できないのか。平壌(ピョンヤン)の中枢部を知る朝鮮人によると、軍部と老人グループの反発が、なお解けないという。北朝鮮の指導部を握るのは、党組織指導部などの党官僚だが、軍部と元老グループ、それに国家保衛省などの秘密警察が影響力を持つ。

 北朝鮮は、金正恩総書記の独裁体制であるが、彼らなりの「民主主義」があり、軍部と老人グループの意向を無視できないという。儒教文化の影響から、老人の発言権は無視でない。軍部と老人グループは、2019年に南北連絡事務所を爆破したした際、与正氏が権限を逸脱して軍に命令したことを、なお問題にしているという。

 ただ行政府部門では、国務委員に任命されており、それなりの権限は有している。党機関でも、組織指導部や国家保衛部を握っているとの観測もあり、失脚したわけではない。

 北京五輪開幕1カ月前のミサイル発射は、習近平国家主席と北京五輪に泥を塗るような行為だ。金正恩総書記は、北京五輪が終わるまで緊張を高めないように、との中国の要請を意図的に無視した。ミサイル実験は、金総書記の許可なしにはできない。

 明らかに中国への駆け引きで、援助物資を供給しない中国への不満を表明したことになる。中朝の関係悪化は、昨年10月に公式に確認された。10月28日に、楊潔篪政治局員が北朝鮮の李竜男(リ・リョンナム)駐中国大使を呼び会談した。政治局員が大使と会見するのは異例の厚遇である。

 中国はこの事実を大きく報じた。ところが、北朝鮮は無視して全く報道しなかった。明らかに中朝関係は良くなかった。この会談で、中国は金正恩総書記の北京五輪出席を求め、五輪が終わるまでミサイルを撃たないように要請したという。

 正月早々の「年賀状」代わりのミサイル発射は、中国への北朝鮮の不満を表明している。その事実は、大晦日までの党中央委総会でも明らかだった。金正恩総書記は、中国を含む対外関係に全く言及しなかった。総会は、北京五輪も無視した。

 中国が米国と対立しているのだから、「五輪外交ボイコット」に対して米国非難や対日批判をしてもよかった。それをしないのは、米朝接触や日朝接触の可能性を残したわけで、明らかに中国への嫌がらせだ。逆に自らが北京五輪不参加を、コロナ感染を理由に表明した。なかなかの外交駆け引きだ。韓国には、その度胸はない。

 またミサイルの発射は、南北首脳会談と朝鮮戦争終戦宣言にも応じない、という文在寅(ムン・ジェイン)大統領へのメッセージだ。韓国の大統領選挙では、南北緊張が高まり与党候補が不利になるのに、ミサイルを発射した。

 北朝鮮当局は、コロナ感染に神経を尖らせ、今年も国境封鎖を続けざるを得ない。食糧事情はかつてほど悪化していないと言われるが、国民の不満は広がり、平壌市内に指導者を批判する落書きが出現したとの情報も流れた。

 金正恩総書記への疑問も、なお残る。党中央委総会では、金正恩総書記が「司会なさいました」と伝えられ、伝統的な「指導なさいました」の表現は使われなかった。その一方で、政治局員が分科会を司会した際には「政治局員が指導した」との表現が見られた。

 これは伝統的に指導者にしか使われなかった「指導された」の表現の解消を意味し、ひいては体制を支えた「(指導者による)唯一指導体制」の解体につながる。集団指導体制を導入するのか、との疑問も生まれる。

 最大の疑問として残るのは、金正恩総書記の誕生日がなお公式には発表されていない事実だ。これが総書記影武者説の最大の根拠として語られる。総書記の誕生日は1月8日とされているが、公式に確認もされず、祝われたことは一度もない。金日成主席、金正日(キム・ジョンイル)総書記のような祝日にもなっていない。

重村智計(しげむら・としみつ)
1945年生まれ。早稲田大学卒、毎日新聞社にてソウル特派員、ワシントン特派員、 論説委員を歴任。拓殖大学、早稲田大学教授を経て、現在、東京通信大学教授。早 稲田大学名誉教授。朝鮮報道と研究の第一人者で、日本の朝鮮半島報道を変えた。 著書に『外交敗北』(講談社)、『日朝韓、「虚言と幻想の帝国の解放」』(秀和 システム)、『絶望の文在寅、孤独の金正恩』(ワニブックPLUS)など多数。

デイリー新潮編集部

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