「令和のイチロー」山下航汰がアマに出戻り…元プロでも簡単に活躍できない社会人野球の“厳しい現実”
フリーエージェント(FA)権を行使して他球団に移籍したのは、又吉克樹(中日→ソフトバンク)だけで静かなオフとなっているプロ野球のストーブリーグ。だが、そんな中でその去就が注目されていた選手が、「令和のイチロー」と称された元巨人の山下航汰だ。【西尾典文/野球ライター】
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3人しかいない
健大高崎から2018年の育成ドラフト1位で巨人に入団し、プロ入り1年目の7月に早くも支配下登録されると、イースタンリーグで打率.332で首位打者を獲得。ちなみに、高卒ルーキーが二軍で首位打者となるのは、イチロー(オリックス・当時の登録名は鈴木一朗)以来、史上3人目の快挙である。
しかし、翌年には右手有鈎骨の骨折で長期離脱となり、オフに再び育成選手として契約。22年も同様に育成契約での残留を打診されていたが、他球団での支配下登録を目指して、巨人をわずか3年で退団した。
高卒1年目に二軍で首位打者を獲得しており、他球団の動向が注目されたものの、支配下選手としてのオファーはなく、社会人野球の三菱重工Eastでプレーを続ける道を選んだ。
他にも、宗接唯人(元ロッテ)はJFE東日本、永井敦士(元広島)はJPアセットにそれぞれ加入することになった。特に山下と永井はまだ若いだけに、23年以降のNPBへの復帰を期待する声も少なくない。
ただ、過去の事例を振り返ってみると、プロへの復帰は決して簡単なものではないことがよく分かる。1999年に元プロ選手が社会人でプレーすることが認められて以降、NPB復帰を果たした選手は、渡辺孝男(西武→サンワード貿易→日本ハム)、宇野雅美(広島→リースキン広島→ヤクルト)、杉原洋(ロッテ→NOMOベースボールクラブ→横浜)の3人しかいない。それには三者三様の理由があるが、一つ確実に言えることは、元プロの選手でも簡単に活躍できるほど社会人野球のレベルは低くないということだ。
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