「名古屋金利」を生み出したトヨタのお膝元で地銀再編 愛知ならではの特殊事情とは
「機屋には貸せても鍜治屋には貸せない
こうした愛知特有の企業文化を生み出しているのが大元のトヨタだ。トヨタと銀行の関係について、県内金融界には連綿と語り継がれるエピソードがある。2014年にはこのエピソードがテレビドラマでも描かれ、話題を呼んだ。県内の銀行関係者が解説する。
「そのドラマは、戦後の焼け野原の中で国産自動車の夢を追いかけたアイチ自動車の物語でした。戦後のデフレや日銀の金融引き締め策によって倒産危機に瀕していたアイチ自動車は、取引銀行25行の協調融資で難局を乗り越えようとします。ところがメインバンクの一つだった西国銀行はアイチ自動車の懇願を突っぱねました。その際、西国銀行の名古屋支店長が言い放ったのが『機屋(はたや)には貸せても鍜治屋(かじや)には貸せない』という言葉です。機屋とは繊維業のことで、アイチ自動車の前身が紡織会社だったことを意味します。つまり、成功していた繊維業にはカネを貸せても、成功するかどうかもわからない自動車業に貸すカネはないという趣旨でした。
その後アイチ自動車は世界的な自動車メーカーへと成長していくわけですが、苦しい時に助けてくれなかった西国銀行とはしばらく一切の取引を断絶しました。アイチ自動車のモデルは言うまでもなくトヨタ自動車。西国銀行のモデルは大阪銀行、のちの住友銀行です。企業と銀行のあるべき姿を考えさせるエピソードとして、今でも金融マンの間で語り継がれているのです」
資金需要が肥沃な愛知県内には近隣県からも十六銀行(岐阜県)や百五銀行(三重県)、三十三銀行(同)などが進出してきているが、企業のメインバンクになれるケースは少ない。長年取引をしてきた地元金融機関との関係が優先されているからだ。
活動エリアを他県に広げることではない
それが理由なのかどうかは不明だが、実は、中京銀行の統合相手は十六銀行になるという見方が以前から根強くあったにもかかわらず、結局、実現はしなかった。中京銀行の株式4割を握る三菱UFJ銀行が、同じ三菱系の十六銀行に全株式を与えるだろうという見立てが多かったのだ。名古屋の民間調査会社の調査員が言う。
「以前、同じ三菱系の岐阜銀行が窮地に陥っていた時、救済する形で合併したのが十六銀行でした。その借りがあるから、三菱UFJは中京銀行株を十六銀行にプレゼントするのではないかと見られていたわけです」
他県よりも地元、地元のなかでも長年取引してきた金融機関が選ばれる愛知の特殊事情がものを言ったのが愛知銀行と中京銀行の経営統合だ。ただ、だからこそ、これまで両行をメインバンクとしていなかった企業が、統合を境に、規模で大きくなった愛知・中京連合をメインバンクに選びなおすというわけでもない。
愛知銀行と中京銀行もその点は折り込み済みだろう。経営統合発表の際のプレスリリースには「単独では為し得なかった水準のコンサルティング・ソリューション型ビジネスモデルを構築し、高度化・多様化するお客様のニーズに総力を挙げて応えてまいります」とある。日銀による低金利政策の下、融資だけでは稼げなくなっている地方銀行が近年、新たに稼ぐ手段として育成しているのがビジネスマッチングや事業承継、M&A(企業の合併・統合)といったコンサルティング・ソリューション型ビジネスだ。
愛知・中京連合の狙いは、活動エリアを他県に広げることではなく、顧客基盤を統合することで、これまで以上に愛知県内企業との結びつきを強めるところにある。
菅義偉前首相が「地方銀行の数が多すぎる」と地銀再編に発破をかけて以来、にわかに高まってきた再編機運だが、そこで想定されていたのは単独では生き残っていけない弱小銀行をどうするかが主たる問題だった。
愛知銀行と中京銀行の統合が異質なのは、両行とも単独では生き残っていけない弱小銀行ではないこと。また、広域エリアにまたがる統合・合併が目立つ中、愛知県内にどっぷりと腰を落とすことを目的にしていることだ。
新しいタイプの再編が、全国の地銀幹部たちに新しい選択肢を与えるかもしれない。
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