日本が“無謀にも”米軍と開戦した理由に迫る 日本陸軍・謀略機関の「極秘報告書」を発掘

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マスコミ、議員らは対米強硬論あおった

 このように追い詰められた状態になると、人間は希望的観測にすがりたくなります。「高い確率で敗北する」の裏返しである「低い確率ではあるがドイツが短期でソ連とイギリスを屈服させ、日本が東南アジアの資源を獲得して国力を強化すれば、戦争準備が間に合わないアメリカは交戦意欲を失い、日本に有利な講和に応じるかもしれない」という希望的観測が過大評価され、それを正当化するためにさまざまな情報のうち都合の良い部分(秋丸機関の報告書の「イギリスのみなら屈伏させられるかもしれない」という部分など)が開戦の材料とされてしまったと考えられます。

 さらに新聞などマスメディアは対米強硬論をあおり、議員も国会で強硬論を主張します。世論全体が対米強硬論を支持し、政府の「弱腰」を批判するようになりました。人間は個人だと割と冷静な判断をすることができますが、集団心理が働くと極論が支持されるようになる傾向があります。この時もこうした集団心理が、非常にリスクの高い開戦という政府と軍の選択を後押しすることになりました(詳しくは拙著『経済学者たちの日米開戦』をご参照ください)。

現代の組織でも起こり得る

 当時、陸軍省軍務局軍務課長だった佐藤賢了は戦後、日本は「弱かったが故に戦争に突入した」と述べています。ずるずると日中戦争に突入し、「ドイツの快勝に便乗して、南方に頭を向け」るなど、確固とした方針が無くその時々の状況に左右されながら日本が対米開戦に進んでいったことを佐藤は反省しています(佐藤賢了『軍務局長の賭け』)。

 80年前の対米開戦の過程では、「組織内部では問題点を明確に指摘しづらい」「異なる意見がある時にそれをまとめることが難しい」「長期的なビジョンが無いのでその場の状況に応じて近視眼的な判断をして、かえって行き詰まってしまう」「希望的観測を過大評価してしまう」「集団心理が働くと極論が支持される」といった、ある意味では現代でもよく起きることが積み重なり、重大な事態を引き起こすことになりました。こうした事例は読者の皆さんもしばしば見たり聞いたりしているのではないでしょうか。

 経済学では「見えざる手」「合成の誤謬」などといった表現で、日常的に見られる行動が想定外の結果を引き起こすことを示します。よく起きる平凡な出来事の積み重ねが思わぬ結果をもたらすことがあるという逆説こそが、私たちが本当に知るべき「歴史の真実」なのではないでしょうか。

牧野邦昭(まきのくにあき)
慶應義塾大学経済学部教授。1977年生まれ。東京大学経済学部卒業。京都大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。博士(経済学)。著書に『戦時下の経済学者』(石橋湛山賞受賞)、『経済学者たちの日米開戦』(読売・吉野作造賞受賞)などがある。現在は、慶應義塾大学経済学部教授を務める。

週刊新潮 2021年12月16日号掲載

特集「真珠湾攻撃80年の真説 謀略機関の『極秘報告書』発掘 『日本はなぜ米国と開戦に突き進んだか』」より

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