中村吉右衛門さんと時代劇 いまも印象に残る「鬼平犯科帳」美術担当者の本音

  • ブックマーク

幸四郎版「鬼平」をどう見ただろう

 吉右衛門は40歳の時に池波先生から直接、鬼平主演を打診されたが、自分はまだまだだと辞退し、その後、45歳の時に2度目のオファーを受けて出演を決意したと語っている。それだけ慎重な姿勢で作品に臨んだのだが、シリーズの美術を担当した西岡善信さんは、現場で吉右衛門の鬼平を見て「身だしなみがすっとしていて侍の風格がある。この役はこの人しかいない」と感じたという。

 シリーズスタート当初はまだバブル景気の勢いがあり、番組関係者と取材陣を招いての親睦会なども華やかに行われた。その後、時代の変遷とともにテレビの環境も変わっていったが、「鬼平」はファンに愛され続けた。取材を続ける中でいつも感じていたのは、この役を演じる吉右衛門の謙虚さだった。

「鬼平」に関しては、実父の8代目・松本幸四郎(初代・松本白鸚)が原作のモデルとされ、1969年にNET(現・テレビ朝日)のドラマで主演。その際、吉右衛門は、平蔵の息子役で出演もしている。「鬼平」について語る時、必ず実父と池波先生への思いが出てきた。2016年、「鬼平犯科帳FINAL」のインタビューでも、実父のことを人生の裏も表も知る「本物の大人」と語った。視聴者から見ると、吉右衛門版鬼平こそが「本物の大人」だったが、ご本人は「まだまだ」と実父の背中を思いながら、芸を磨き続けたのだろう。

 2024年には、甥の10代目・松本幸四郎が主演する映画「鬼平犯科帳」が公開される。その感想を聞いてみたかった。

ペリー荻野(ぺりー・おぎの)
1962年生まれ。コラムニスト。時代劇研究家として知られ、時代劇主題歌オムニバスCD「ちょんまげ天国」をプロデュースし、「チョンマゲ愛好女子部」部長を務める。著書に「ちょんまげだけが人生さ」(NHK出版)、共著に「このマゲがスゴい!! マゲ女的時代劇ベスト100」(講談社)、「テレビの荒野を歩いた人たち」(新潮社)など多数。

デイリー新潮編集部

前へ 1 2 3 次へ

[3/3ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。