中村吉右衛門さんと時代劇 いまも印象に残る「鬼平犯科帳」美術担当者の本音
様々な時代劇へ
この作品の吉右衛門は20代半ば。顔もほっそりとして声も高め。危うさというより、「何もしない男」という印象だ。何もしなかった男が唯一したのが、小春を手にかけ、自死すること。難役だったと思う。この映画は、この年のキネマ旬報ベストテン第1位に選ばれたほか、毎日映画コンクール日本映画大賞を受賞している。
興味深いのは、吉右衛門がこの映画と同時期にテレビで「右門捕物帖」(日本テレビ)に出演していること。また80年代に入ると、島田一男原作の「斬り捨て御免!」(東京12チャンネル[現・テレビ東京])シリーズに主演。江戸の治安を個性的な部下たちとともに独自のやり方で守る「三十六番所」頭取・花房出雲(吉右衛門)を演じた。決めセリフ「御免!」の一声とともに悪を一刀両断する吉右衛門は、後に「鬼平犯科帳」(フジテレビ)でも見せる、べらんめえで粋なリーダーに。好評を得たシリーズは3作まで続いた。さまざまな現場で経験を積んだことが、後の映像作品につながっていったのだ。
1986年、「勧進帳」「義経千本桜」と歌舞伎で当たり役とした弁慶を、ドラマで演じることになった。NHKの新大型時代劇「武蔵坊弁慶」である。
鉄板を仕込んだ立ち往生
10代で比叡山を追われた武蔵坊弁慶(吉右衛門)は、京の五条大橋で源義経(川野太郎)と運命的な出会いを経て、義経の従者となる。源頼朝(菅原文太)とともに平家を討ち破った義経だが、その頼朝から義経討伐の命が出される。決死の逃避行を続け、奥州平泉にたどり着いた義経主従は追い詰められていく。
この作品の最終回は、ご存知「衣川の立ち往生」。頼朝の脅しに屈した藤原秀衡軍により非業の最期を遂げる弁慶は、百本の矢を全身に受け、それでも義経が自刃するために籠った持仏堂を守るように立ったまま絶命する。その衣装は、長さ5センチほどのボルトを全身5カ所につける鉄板に鋳込み、そこに矢をねじ込むようになっており、スタッフが10人がかりで装着。重さは10キロ。その姿で闘い、最期はカっと目を見開いた鬼神のような弁慶の姿は忘れられない。
このドラマから約3年後に始まったのが「鬼平犯科帳」だ。
江戸の凶悪犯罪を専門に取り締まる「火付盗賊改方」長官・鬼平こと長谷川平蔵(吉右衛門)の活躍を描く。原作は池波正太郎。凶賊には鬼となり弱者には仏となる鬼平の人柄、そして、尾行、張り込み、潜入など盗賊たちと火盗の攻防、さらに豊かな江戸の食文化など見どころもたっぷりで人気シリーズとなり、吉右衛門は約28年間、150本に主演を続けた。
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