オミクロン株流行、日本では小規模で収束か? いま健康を守るために必要な議論とは 医療崩壊(57)

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 世界中でオミクロン株の感染が拡大している。日本でも京都、大阪、そして東京などでの市中感染が確認された。果たして、日本での流行はどうなるだろうか。

 市中感染が確認されたということは、国内で、既にオミクロン株が一定規模の流行をしていることを意味する。問題は英米のように大流行に発展するかだ。予断を許さない状況だが、筆者は日本での流行は小規模で収束するのではないかと考えている。

アジアと南米で「感染抑制」の可能性も

 私が注目するのは、世界各地での今冬(北半球の季節で=以下同)の新型コロナウイルス(以下、コロナ)感染症の流行状況だ(図1)。欧州、北米、アフリカでは感染者が増加しているが、南米、アジアでは横ばいだ。各国の検査体制が異なるため、感染者数の絶対値を比較するのは慎重でなければならないが、全ての地域で今夏、感染者が増加したこととは対照的だ。

 図2は12月24日のアジア各国での感染者数を示す。日本では韓国での感染者増が広く報道され、日本の対策の成功が強調されるが、今冬、アジアで感染が増加しているのは、ベトナム、ラオス、韓国くらいだ。マレーシア、タイ、イランの感染者が多いが、これは夏場の大流行からの収束過程で、感染者数は減少傾向だ。また、アジアでもっとも多いベトナムでも、感染者数は164人(人口100万人あたり、一週間平均)で、英(1472人)、仏(983人)、米(531人)とは比べものにならない。

 コロナ流行当初から、欧米と比較してアジアの流行の規模は小さかった。ただ、今夏まで、規模は小さいといえども、アジアでもコロナは流行していた。ところが、今冬は、ここまで全く流行していないのだ。この状況は南米も同じだ。あたかも、アジアと南米でコロナが収束したかのような状況だ。

 勿論、このような地域でも、今後、オミクロン株が大流行へと発展する可能性は否定できない。水際対策、国内の検査体制の充実、経口治療薬の配備、追加接種の促進、さらに病床確保など、最悪の事態に備えた準備は欠かせない。

 ただ、オミクロン株については、もっとデータに基づいた議論が必要だ。アジアや南米では、これまでの延長線では考えられない異様な事態が起こっている。同じような「感染抑制」がオミクロン株に起こる可能性も否定できない。

 アジアでは、日本より早く市中感染が確認されている国がある。例えば、タイは12月20日現在、60人のオミクロン株の感染を確認しているが、このうち一人は市中感染だ。シンガポールでは、12月21日までに6人の市中感染を確認している。

 では、アジア主要国に「侵入」したオミクロン株は、その後どうなっているのだろう。図3は、アジアの主要国がシークエンス(ゲノム配列の解読)をしたコロナのうち、オミクロン株が占める割合を示す。このデータは水際対策と国内での検査の両方が含まれているため、市中におけるオミクロン株の流行だけを反映するものではないが、インドやシンガポールを筆頭に、アジアでもデルタ株がオミクロン株に置き換わりつつあることがわかる。米国疾病管理センター(CDC)は、12月18日までの1週間にコロナ感染と診断された症例の73%はオミクロン株だったと報告しているが、やがてアジアも同じような状況になる可能性が高そうだ。

 注目すべきは、オミクロン株への置き換わりが進みつつあるアジア諸国で、コロナ感染者が増加していないことだ。デルタ株同様、オミクロン株もアジアでは流行しにくいのかもしれない。

 このことは、沖縄の経験とも合致する。沖縄では、米軍基地の職員の間で255人(12月25日時点)のクラスターが発生しているが(米軍は、このクラスターがオミクロン株によるとは認めていないが、基地に出入りする日本人からオミクロン株が検出されているため、オミクロン株が原因と考えていいだろう)、基地外への感染拡大は市中感染の疑いで分析中の1例にとどまっている(12月26日時点)。

懸念される「コロナ関連死」の増加

 オミクロン株は強い感染力を有する。12月16日、英インペリアル・カレッジ・ロンドンの研究者は、オミクロン株の再感染リスクはデルタ株の5.4倍というモデル研究の結果を発表した。油断は大敵だ。ただ、この英国での研究は、アジアで再現されるかはわからない。

 もし、オミクロン株の脅威が欧米ほどでなければ、過度な規制は禁物だ。経済的ダメージが大きいことに加え、国民の命を奪うからだ。図4は、コロナ流行下での日本人の死亡率の推移だ。2020年、21年の何れも流行期に死亡率が増加していることがわかる。20年と21年では流行規模は違うのに、死亡率の増加は同レベルだ。コロナ感染による死亡だけでは説明がつかない。多数の「コロナ関連死」が起こっていたのだろう。

 筆者は、この状況を知ると、東日本大震災後の福島県を思い出す。原発事故による被曝で亡くなった人はいないが、多くの高齢者が故郷からの避難や仮設住宅での生活などのストレスで、持病を悪化させて死亡した。この福島の経験は、坪倉正治・福島県立医科大学教授のチームが多くの英文論文として発表し、高齢化した先進国では、災害による直接的な死亡より、災害関連死が重要であることが世界的なコンセンサスとなった。

 全く同じことがコロナでも言えそうだ。12月24日、スポーツ庁は全国の小学5年生と中学2年生を対象とした2021年度の全国体力テストで、全8種目の合計点の平均値が小中男女とも前回より下がり、特に男子では調査開始以来最低であったと発表した。コロナ自粛の影響だろう。小中学生の体力がこれだけ落ちるのだから、高齢者の健康が害されるのも宜なるかなだ。

 オミクロン株を巡る議論を聞いていて、私は違和感を抱かざるを得ない。極論すれば、「オミクロン株で死ななければどうなってもいい」と言わんばかりだからだ。超過死亡が議論されることなく、国民目線が欠け落ちている。オミクロン株感染は、国民の健康を最優先に、科学的に合理的な対応が必要だ。

上昌広
特定非営利活動法人「医療ガバナンス研究所」理事長。
1968年生まれ、兵庫県出身。東京大学医学部医学科を卒業し、同大学大学院医学系研究科修了。東京都立駒込病院血液内科医員、虎の門病院血液科医員、国立がんセンター中央病院薬物療法部医員として造血器悪性腫瘍の臨床研究に従事し、2016年3月まで東京大学医科学研究所特任教授を務める。内科医(専門は血液・腫瘍内科学)。2005年10月より東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰し、医療ガバナンスを研究している。医療関係者など約5万人が購読するメールマガジン「MRIC(医療ガバナンス学会)」の編集長も務め、積極的な情報発信を行っている。『復興は現場から動き出す 』(東洋経済新報社)、『日本の医療 崩壊を招いた構造と再生への提言 』(蕗書房 )、『日本の医療格差は9倍 医師不足の真実』(光文社新書)、『医療詐欺 「先端医療」と「新薬」は、まず疑うのが正しい』(講談社+α新書)、『病院は東京から破綻する 医師が「ゼロ」になる日 』(朝日新聞出版)など著書多数。

Foresight 2021年12月29日掲載

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