コロナ禍で減収減益でも運賃無料化 「岳南電車」に常識を覆す戦略について聞いた
昨年から感染拡大がつづく新型コロナウイルスは、観光業界をはじめ関連産業にも大きな打撃を与えた。2021年9月末に緊急事態宣言は全面的に解除されたが、10月以降も引き続き警戒が呼び掛けられ、今はオミクロン株の不安が漂う。
以前に比べれば、観光業・飲食業が復調する兆しは出ている。それでも、相変わらず苦しい状況から脱しているとは言い難い。
コロナ前まで、鉄道各社は右肩上がりを続ける訪日外国人観光客によって好調をキープしてきた。それがコロナで一転。訪日外国人観光客はおろか、観光需要そのものが喪失した。鉄道各社は需要を創出するために方針転換を迫られている。
先ごろ、小田急電鉄は箱根路を走る特急ロマンスカーのうち、高い人気を誇る50000形VSEを2023年秋頃に引退させると発表した。VSEは2005年に登場した新型ロマンスカーで、前面展望や雄大な景色を楽しむためのワイドな窓といった観光需要に応える工夫が施されている。
VSEよりも古いタイプのロマンスカーは、観光よりも通勤に軸を置いた構造になっている。それらが現役で活躍していることを考慮すると、観光に特化した鉄道車両が必要とされなくなっていることを強く窺わせる。
小田急のような鉄道会社がある一方で、コロナ禍に際して観光需要を拡大させようと工夫を凝らす鉄道会社もある。それが、静岡県富士市を走る岳南電車だ。
岳南電車は吉原駅-岳南江尾駅を結ぶ約9.2キロメートルの短い路線。沿線には富士市の地場産業でもある製紙工場が多く立地する。かつては、製紙工場からの貨物輸送が経営の屋台骨を支えてきた。
ところが、2012年に貨物輸送は廃止された。大きな収入源を断たれたこともあり、翌年に鉄道事業を子会社化。新たに岳南電車として出発する。
「岳南電車は利用者の多くが高校生ですが、鉄道を使わずに自宅から学校まで自転車で通学している子も多いのです。定期利用者を増やすことにも取り組まなければなりませんが、沿線外からの利用者、つまり観光客を呼び込むことも課題です。しかし、岳南電車の沿線には目玉になるような観光地がありません。そうした事情から、これまでに工夫を凝らしたツアーを開催してきました」と話すのは、岳南電車の担当者だ。
岳南電車は製紙工場などの貨物輸送を担っていたこともあり、現在も沿線に多くの工場が並んでいる。工場地帯を走る沿線風景をPRし、工場萌えのブームにも乗っかって工場夜景ツアーなどを実施してきた。
コロナ禍だった2021年8月には、岳南富士岡駅に併設して屋外展示施設「がくてつ機関車ひろば」をオープン。岳南富士岡駅には、それまで貨物輸送で活躍した電気機関車を留置するスペースがあった。これを転用する形で「がくてつ機関車ひろば」をオープンさせたわけだが、これは沿線外からの観光需要を創出する目的もあった。
岳南電車の沿線外需要を掘り起こそうとする取り組みは、コロナ禍で水泡に帰してしまう。そして、岳南電車は生き残りのために新たな企画を打ち出した。
「工場夜景ツアーは多くの人を集めることになるので、コロナ禍での開催が難しいのです。代替案として、なにか沿線外から利用者を呼び込めることを考えました。そこで出てきたのが、全線無料DAYという企画です」(同)
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