【カムカム】安子を最後まで苦しめた額の傷跡…そしてるいが18歳になって気づいた事
運命の歯車が狂っただけ
英語をマスターしていないと、第28話でのロバートとの出会いもなかった。街中で言葉が通じず困っていたロバートに安子が「May I help you?」と声を掛けて以降、2人の距離は徐々に縮まっていった。
稔が戦死した後、やさしいロバートの存在がなかったら、安子はどうなっていただろう。どこへ行けば良かったのか。稔の英語習得の勧めがギリギリのところで安子を救った。不幸のどん底に落とさなかった。
安子を思慮不足だと非難する声もあるかも知れないが、算太が消えた後の第38話で彼女がロバートに切々と訴えた言葉を振り返ると、とても責める気にはなれない。
「なんで、こんなことに……。私はただ当たり前の暮らしがしてえだけじゃのに……」(安子)
心中察するに余りあった。確かに安子は多くを望んでいたわけではない。
運命の歯車が狂っただけだった。それが起きたのは第37話と第38話。算太とるいが偶然、見てはならぬものを見てしまったことが悲劇につながる。
両話の筋書きは江戸時代の浄瑠璃・歌舞伎作家の近松門左衛門を彷彿とさせた。近松は偶然や誤解から生まれる悲劇をよく書いた。
算太は熱を上げていた雪衣(岡田結実、21)が、着衣を乱して勇の部屋から出てくるのを見てしまった。これが持ち逃げの発端となる。
るいは大阪の旧宅でロバートが安子を抱擁する姿を目にしてしまい、安子に対する拭えない不信感を抱く。どちらの偶然も安子を追い詰めた。
近松を徹底的に研究
藤本さんが向田邦子賞を得た作品は近松をモチーフにしたNHKの異色時代劇「ちかえもん」(2016年)。その執筆に当たり、「東洋のシェークスピア」とも称される近松を徹底的に研究したという。おそらく今回も藤本さんは意識しただろう。
言うまでもないことだが、安子はるいを捨てたわけではない。逆に捨てられたと思っている。だから悲しんだ。
るいによる「お母さんの話は聞きたくない。二度と会いたくない」「I hate you」という言葉より、当てつけのように額の傷痕を見せられたことが辛かっただろう。自分の不注意で傷つけながら、自分の力では治してあげられないからである。
第39話、物語は1962年になっていた。18歳のるいはホテルの就職試験を受けるため、大阪の道頓堀にいた。ミナミの繁華街の1つである。
いきなりミュージカル仕立てになったのには面食らったが、当時はミュージカル映画「ウエスト・サイド物語」(日本公開1961年)が大ヒットした直後。岡山から都会に出てきて新生活を始める、るいの弾んだ心象風景を時代背景に合わせて描いたのだろう。
だが、るいは就職試験の面接で額を見せなかったため、ホテルには採用されなかった。安子も千吉も切に願った額の傷を目立たなくする手術は受けなかったのだ。
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