羽生結弦を襲った「五輪ボイコット要請文」騒動 許されない選手の政治利用
池江璃花子が語っていた問題の核心
ここで思い出されるのは、ツイートへの批判コメントにもあったが、白血病の闘病から復帰した競泳の池江璃花子選手に向け、東京オリンピックの出場辞退を求めるメッセージが、次々と寄せられた件だ。5月7日に池江選手が、自身のSNSに載せた言葉が、問題の核心を物語っている。
〈私に反対の声を求めても、私は何も変えることができません。ただ今やるべき事を全うし、応援していただいている方達の期待に応えたい一心で日々の練習をしています(中略)この暗い世の中をいち早く変えたい、そんな気持ちは皆さんと同じように強く持っています。ですが、それを選手個人に当てるのはとても苦しいです〉
このとき、〈暗い世の中〉は、新型コロナウイルスの感染が拡大している状況を指していた。一方、羽生選手に向けられたのは、中国の人権問題だが、政治的な課題をアスリートにぶつけている点においては、いずれも同じである。
ところで、羽生選手の北京オリンピック出場は、まだ確定してはいない。その意味では、届けられた「ボイコット要請文」はフライングだが、先の記者はこう説明する。
「今シーズンの成績を見ると、宇野昌磨と鍵山優真は出場が固いですが、オリンピックの出場枠は三つあります。代表を選ぶに当たっては、全日本選手権の成績だけでなく、いままでの実績も勘案されるので、仮に全日本で3位以内に入れなくても、よほどひどい失敗でもしないかぎり、最後の1枠は羽生選手で決まりだと思います」
羽生選手への人権侵害
オリンピックに出場する以上は、持てる力を最大限に発揮してもらいたいではないか。むろん、開催国たる中国による新疆ウイグル自治区への弾圧は、許されざる深刻な人権侵害だが、
「オリンピックは選手にとっては、4年に1度の命の結晶。羽生選手にボイコットを求めることは、羽生選手という一個人の人権を制限することになるのではないでしょうか」
と、元JOC職員で五輪アナリストの春日良一氏は指摘し、1980年のモスクワ大会に触れる。
「ソ連のアフガニスタン侵攻への抗議として、アメリカが参加をボイコットしたのを皮切りに、日本もボイコットしました。当時、日本体育協会会長はかつて参議院議長だった河野謙三さんで、政治との距離が近かったこともあり、参加に踏み切れば予算を大きく削減するという脅し文句に屈し、不参加が決まりました。でも、涙をのんだのは選手たちでした。柔道の山下泰裕やレスリングの高田裕司が、涙ながらに参加を訴えましたが覆りませんでした。世界最大のイベントであるオリンピックは、注目されるだけに政治が介入してきます。だから、政治とスポーツは切っても切れない関係にはありますが、最後にしわ寄せがいくのは、いつも最前線の選手たちです」
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