平均年収1700万円となった後発不動産会社の戦略――西浦三郎(ヒューリック代表取締役会長)【佐藤優の頂上対決】
こども教育事業へ
佐藤 今後はどこに力を入れて事業展開されていきますか。
西浦 これからの10年で労働人口は800万人減ります。定年延長がきっちりなされれば600万人くらいですむかもしれませんが、オフィスの需要が減っていくのは間違いない。そこで前々から3Kといって、「高齢者・健康」「観光」「環境」といった分野の事業を進めてきました。具体的には、当初85%あったオフィス賃貸収入の割合を今後10年で50%にしたい。
佐藤 「環境」は、どんな事業ですか。
西浦 太陽光発電施設や小規模水力発電所に700億円ほど投資していきます。2024年までにグループ内の電力は自社の再生エネルギー電源で賄うつもりです。そのために昨年、サステナビリティ・リンク・ボンド(事前に設定したサステナビリティ目標の達成状況に連動する社債)も発行しました。これにはもう一つ目標があって、冒頭でお話しした隈研吾さんにお願いした日本初の耐火木造12階建商業施設を竣工させることでした。
佐藤 それは楽しみですね。
西浦 そうした3Kに加えて、最近、もう一つKを加えました。こども教育事業です。弊社は不動産会社ですから、まずは塾やスポーツ教室などが入った複合ビルの建設から始めます。
佐藤 人口動態からすれば、子供も減っていきます。
西浦 確かにそうですが、一定の割合で事業が成り立つと思っています。というのは、いま30代後半から40代前半の人たちは、7割がダブルインカム(共稼ぎ)なんですね。弊社の社員もほとんどそうですが、子供にかけるお金を持っている。しかも祖父母から孫への教育資金の贈与は、1500万円まで非課税です。
佐藤 だいたい世帯収入が2千万から3千万円といった、中産階級上層部の人たちが対象になるわけですね。富裕層ではありませんから働き続けなければなりませんが、そういう人たちは教育に非常に熱心です。
西浦 いまの子供たちは習い事をいくつか掛け持ちしていますが、両親が共稼ぎだと、学習塾だ、リトミック教室だなどと、連れていくことが大変なんですね。それが1カ所ですめばそんな楽なことはない。仮に「こどもでぱーと」と呼んでいますが、そうした子供用のビルを作って、塾だけでなく保育園や学童保育の場所なども入れていきたいのです。
佐藤 まだ塾は伸びるでしょうね。
西浦 弊社は都心部が得意ですが、今度は子供が多くいる住宅地付近の駅前ということになります。いま、リソー教育さんとコナミスポーツさんと組んで、候補地域が20カ所くらい出てきたところです。そこに適当な土地が見つかるかは、これからの努力次第ですね。
佐藤 非常に将来性のある事業だと思います。
西浦 いずれは弊社自身で保育所とか学童保育、塾のM&Aをしてもいいのではないかと考えているんですけどね。多くの塾は規模が小さく、経常利益で20億円、多くても30億円くらいですから。
佐藤 もはや、ただの不動産ディベロッパーではなくなりますね。
西浦 もちろん不動産も大切で、いま一番力を入れているのは、耐震なんです。この30年の間に東京直下型地震が7~8割の確率で起きるとされていますね。だからこの10年の間に全てのビルを震度7に耐えられるように建て替えと開発を行っていきます。またSDGsという問題もあるので、同時に先ほどの電力に加えて、2030年までにCO2排出量ネットゼロを目指しています。
佐藤 それはかなり大きな投資になりますね。
西浦 5年、10年経てば、CO2ゼロや震度7までの耐震ビルは大きな価値になっていくと思います。そうした財産を次世代に残していくのも経営者の仕事の一つです。経営者として、自分がやっている間だけよかったというのは非常に心苦しいものがあるんですよ。
佐藤 経営は、先行き不透明な時代にあってどんどん難しくなってきたのではありませんか。
西浦 昔は収益を伸ばせばよかったのですが、いまはその中で成長性、安全性、収益性、生産性と、さまざまな要素を向上させていかなければなりません。それからSDGs、環境、ガバナンス、女性役員の比率、コンプライアンスなどもあります。いまはこうした問題を高いレベルでバランスさせていくのが経営なんですね。経営者としては非常に難しい時代になったなと思いますね。
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