平均年収1700万円となった後発不動産会社の戦略――西浦三郎(ヒューリック代表取締役会長)【佐藤優の頂上対決】
大手3社の背中が見える
佐藤 上場まではどのくらいかかりましたか。
西浦 2年半ほどで東証1部に上場しました。
佐藤 その後、大きく飛躍されていくわけですが、可能性のある分野を絞り込んで事業を展開されていますね。
西浦 私は副頭取時代にクレジットレビュー(信用評価)委員会の委員長をやっていたことがあります。そこでさまざまな問題企業を見てきましたから、何でもやっていきましょうという会社が危険なのはよくわかっていたんです。
佐藤 ヒューリックは方針がはっきりしています。
西浦 弊社のような後発で規模の小さな会社は、特徴を持たなければなりません。ですから、まずオフィスビルは、基本的に首都圏の駅から歩いて5分以内でワンフロア500坪以下の中規模ビルと決めて、取得、開発を進めました。
佐藤 タワー建設や大規模開発はしない。
西浦 日本の企業の99.7%は中小企業です。大企業の多くは自社ビルを持っていますし、財閥系の大手3社が開発しているような大規模ビルに入ればいい。弊社はそうではない大多数の会社を対象にしています。
佐藤 もともと銀行の支店があったような場所ですから、強みもある。
西浦 そうです。それからマンションはやりません。今後、人口が減っていきますから、競争激化になるのは目に見えている。そして海外もやりません。弊社はいま自己資本6千億円くらいまでになりましたが、当初は1千億円なかったんです。そうするとリスクテイク(損失が生じる可能性があることを承知したうえで行う取引、または投資)にも限界がある。
佐藤 コロナ以後は世界が閉じる方向に動き出していますから、それは正解でしたね。
西浦 またホテルや旅館以外、ほとんど地方の物件もありません。やはり不動産業ですから賃貸料をいただいてはじめて商売になる。人口が減る一方の地方は難しいんです。弊社の物件の80%くらいが東京23区とその周辺になります。
佐藤 こうした方針を決められた背景には、西浦さんの人口動態への関心があると聞きました。
西浦 人口動態は嘘をつきませんから。いま子供が生まれると、その人数が学校に通い、大半が短大や大学を出て二十数年後の労働者になります。オフィスで働く人の数を考えるにあたって、一番当てにできるのが人口動態の数字です。
佐藤 フランスの人口統計学者エマニュエル・トッドも「人口は嘘をつかない」と言っています。彼は、ソ連の人口動態の分析をして、乳児死亡率上昇からソ連崩壊を予測しました。
西浦 弊社は老人ホームも一所懸命やっていて、いまアジアではトップクラスの4千室くらいありますが、それも人口動態を見てのことです。ただ命に関わることを不動産業者がやるのもおかしいですから、運営はやりません。
佐藤 こうしてうかがうと、銀行出身らしい堅実さが感じられますね。
西浦 これからどの業種でも、大手3社か、せいぜい4社までしか残れないと言われています。不動産業界では三菱、三井、住友の大手3社があり、中堅には野村不動産や東急不動産、東京建物、いまは上場廃止したNTT都市開発が続き、さらに平和不動産やダイビルなどがあります。弊社が上場した時にはそれらより下位でした。
佐藤 会社の成り立ちが違いますからね。
西浦 せめて4番手にはならなければならない。弊社は「10年後のヒューリック」という長期計画を作っています。一般の会社はたいてい3年の中期計画を出しますが、不動産は、建て替えをしようとすると、計画、設計から、テナントを入れるまでに、5年くらいはすぐ経ってしまうんですね。だから10年先を見据えた計画が必要になりますが、最初の10年計画では、中堅下位のダイビルあたりまでをキャッチアップすることでした。それを6年で達成し、次の10年計画は、中堅とされる野村不動産や東急不動産に並ぶことで、これも6年で仕上げることができました。
佐藤 まさに急成長ですね。
西浦 いまは3回目の「10年後のヒューリック」という長期計画を掲げていて、目標は大手3社の背中が見える4位になることです。ようやく時価総額や自己資本比率などで何とかトップ3の背中が見えるくらいのところにきた感じはあります。
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