「経済安全保障」の時代にいかに対応するか――北村 滋(北村エコノミックセキュリティ代表)【佐藤優の頂上対決】

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先端技術を流出させない法律

佐藤 法案はどんな中身になるのですか。

北村 「経済安全保障一括法」というと、法律を制定して、ゼロから新しいことを始めるような印象がありますが、そうではありません。経済班を設置してから、すでにさまざまな政策が進んでいます。その際、法律よりは下位の、政令などの運用によって取り組んできた実態がありました。日本にはそれぞれ業種ごとに決められた「業法」と呼ばれる法令がありますね。

佐藤 電気通信事業法や銀行法などですね。

北村 ええ。いまの法制度では、さまざまな業法に、安全保障的な観点から行政官庁が規制をするという枠組みが欠けていました。私の現役時代から業法のレビュー(検証)をしてきましたが、さらに関係省庁からのヒアリングなどを踏まえて、今回その不備な部分を手当てしていくことになると思います。

佐藤 具体的には、どんな分野でどんなことが可能になるのですか。

北村 例えば、電気通信事業におけるパーツその他が懸念国に由来する事態が生じた場合、担当大臣が個別具体的な権限を行使することになります。通信や電気、鉄道など基本的なインフラについては、これまでも担当大臣が規制を行ってきたわけですが、安全保障の観点からそれが可能になることでしょう。

佐藤 これは事後規制という形になりますか。

北村 法律の仕掛けは、いろいろな形態があると思いますね。

佐藤 例えば、技術移転では、人の出入りについて見ていかなければなりませんよね。

北村 インタンジブル・テクノロジー・トランスファー(見えない技術移転)は重要なテーマです。佐藤さんには釈迦に説法ですが、人の頭の中にあるものをそのままいただくことが、ヒューミント(人的諜報)ではもっとも効率的です。技術流出はそうした側面があるので、出入国管理や留学生という面で対策を強化していかなければなりません。

佐藤 特許法も俎上に上っていますね。

北村 いま特許を全面開示している国は、G20の中ではメキシコと日本だけです。ほとんどの国には、開示をしない「秘密特許」の制度がある。

佐藤 日本では特許を取ると公開しなくてはいけなくなるので、逆に申請しないというケースもあります。核燃料サイクルの日本原燃がそうです。

北村 これは前々からの懸案でした。そうしたことがあるので、仕組み作りが必要なのかもしれませんね。

佐藤 この政策を進めていくには、重要な技術を特定していく必要がありますね。

北村 そこはかなり絞られているとは思います。経産省の貿易管理部などはお手のものでしょうが、実際、もうかなり精緻な形で技術を特定し、フォワーディング(貿易事務や輸送手配関連業務)も含めて、対処していますよ。

佐藤 いま重点分野というと――。

北村 宇宙、量子、AI、スパコン、半導体、バイオ、先端素材、海洋などが挙げられると思います。宇宙やサイバーなどは新しい戦域ですから、技術的な覇権をめぐって各国が鎬(しのぎ)を削っている。

佐藤 日本はこの30年余り、経済力が落ち、技術面でも衰えが目立ちます。いまも世界から狙われる技術は、どのあたりになりますか。

北村 例えば半導体製造に係る技術やその前提となる素材といった分野の技術ですね。それを保有する企業では、かなり真剣に経済安保に取り組もうとされています。

佐藤 今後、経済安保の政策が進んでくると、行政の裁定が果たして妥当なのかと、さまざまな係争が生じてくるでしょうね。

北村 今年6月に、東芝の筆頭株主であるシンガポールの投資ファンド「エフィッシモ・キャピタル・マネージメント」が外部の弁護士に依頼した調査報告書を公表し、波紋を呼びました。

佐藤 この件では、東芝も経産省も批判されていますね。

北村 ただ東芝は、原子力や量子技術を手がけており、我が国の安全保障に大きく関わっています。その観点から東芝が経産省に情報提供をし、経産省がアドバイスを行うことはなんら違法ではないんですよ。

佐藤 まさに経済安保の事案ですね。

北村 少数株主の議決権と安全保障上の権限の衝突が起きたことは確かです。

佐藤 いま国家機能は各国で著しく強化されつつあります。ある種、帝国主義的な方向に転換している中で、日本もそれに対応して国益を保護する制度を作るのは当然でしょう。

北村 今回の一括法案は、自由主義経済とか自由貿易に、劇的転換をもたらすような制度では全くありません。この点は断言できます。我が国が保有している先端的な技術を流出させない措置を取れるようにするためで、他国ではすでに行われていることです。その意味で我が国がグローバル・スタンダードに近づいていくことだと思っています。

佐藤 かつてもココム(対共産圏輸出統制委員会)やチンコム(対中国輸出統制委員会)といった輸出規制はありました。ただ今回の経済安全保障は、イデオロギーによる規制ではない。

北村 まったくその通りで、やはりどの国においても、自らが投資してR&D(Research and Development=研究開発)を行ったものから利益を得るのは当然で、そこは守るべきです。ですから知的財産権を窃取したり、強制的な技術移転をさせるような事案について、きちんと対処し、適切な処置を施していく。その点では、フリーでフェアな貿易慣行や経済慣行を維持するための取り組みといえます。

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