元公安警察官は見た 産業スパイだったロシア外交官を追いつめた「強制尾行」とは
日本の公安警察は、アメリカのCIAやFBIのように華々しくドラマや映画に登場することもなく、その諜報活動は一般にはほとんど知られていない。警視庁に入庁以後、公安畑を十数年歩き、数年前に退職。9月に『警視庁公安部外事課』(光文社)を出版した勝丸円覚氏に、ロシアのスパイを強制尾行した話について聞いた。
***
公安捜査員が行う尾行は、2種類あることをご存じだろうか。相手に絶対バレないように行う“秘匿尾行”と、相手に「見ているぞ」とわからせるように堂々と捜査員を張りつける“強制尾行”だ。世間一般で尾行と言えば前者だろうが、後者は相手の行動を制限するための特別な尾行と言える。今回は強制尾行を行使したケースをご紹介する。
「私が公安部の外事1課に在任していた時、日本の精密機器の中堅企業で、社員が機密情報を持ち出している疑いが浮上しました」
と語るのは、勝丸氏。
SVRの諜報員
「その会社が民間の調査会社に依頼して内部調査を進めたところ、疑惑の社員は先端技術の情報をCDに入れて持ち出し、複数の人間に渡していることが判明したそうです。うち1人は外国人で、調査会社の調査員が尾行したところ、東京・港区にあるロシア通商代表部に入って行くところが確認されたといいます」
そこで会社は、管轄の警察署に相談したという。
「管轄署は、ロシアの外交官が関与しているかもしれないケースなので、公安外事1課に報告がきました。調査会社が作成した報告書の中に、問題の外国人を撮影した写真があったので調べたところ、ロシアのSVR(ロシア対外情報庁)に所属する外交官であることが判明しました」
その後、管轄署に外事1課が協力する形で捜査が進められたという。
「社員とロシア人の接触はその後も繰り返され、これ以上泳がすのは問題だという判断から、社員の逮捕に踏み切ることになりました。会社の財産を勝手に持ち出して利益を得たという、業務上横領の容疑で立件しました」
会社は捜査に全面的に協力したが、
「社長から『社の信用にかかわることなので、世間には知られたくない』と懇願されました。社員による横領事件として処理されたこともあり、ロシア人スパイの存在は公表されませんでした。管轄署扱いの事件なので、新聞で報じられることもありませんでした」
情報を受け取っていたSVRのスパイはどうなった。
「本来なら、社員がロシア人スパイに情報を手渡しているところを押えるのがベストです。外交官は逮捕できませんが、それを外交官のお目付け役である外務省の儀典官室に報告すれば、国外退去処分にできるからです。そこで、このケースでは強制尾行を行いました」
[1/2ページ]