日本人が大好きな「両論併記」によって致命的な戦争が決定された――日米開戦80年目の真実
会議を何度も積み重ねて、慎重に検討したはずなのに、後になって「どうして、こんなバカげた決断をしてしまったのか」と後悔する――そんな経験を持つ人も多いのではないでしょうか。
80年前に決断された日米開戦は、まさにその典型例でしょう。歴史学者の森山優氏は、著書『日本はなぜ開戦に踏み切ったか 「両論併記」と「非決定」』において、日本の組織によくみられる意思決定システムの致命的欠陥を鋭く指摘しています。
支離滅裂な「国策」の文面
第二次近衛内閣が組閣されて以降、開戦までざっと数えて10件以上の「国策」が決定されています。しかし、その中身を検討すると、矛盾する内容が一つの「国策」の中に併記してあったり、何とでも解釈できる玉虫色の表現の羅列であったり、実際の行動については具体性を欠いていたりと、奇怪きわまりない文章のオンパレードです。
たとえば、森山氏は前掲書で、1941年1月30日に決定された国策「対仏印、泰施策要綱」を例に挙げています。これは、仏印(フランス領インドシナ)関係とタイとの政治・軍事・経済的な関係強化をはかるため、場合によっては仏印に対して武力行使してでも目的を完遂するという強硬な内容でした。
ところが、いつまでに実施するかというと、本文には「成るべく速に」とあるだけでした。そして、末尾には「対仏印、泰施策要綱に関する覚」なる文書が添付されており、そこでは「三、四月頃を目標とし外交上最善を尽くすべし」と書かれている。さらに添付された「記録」では「四囲の情勢に鑑み其時期及方法を決定」することになっていました。
仏印への要求内容は日本との独占的な政治・軍事的結合関係の構築(具体的には、航空基地・港湾施設の使用、日本軍の駐留に関する便宜等)でしたが、これについても末尾の「記録」では「変更することあるべし」となっていて、いったい何が決まったのか判然としません。
「両論併記」による非決定
このような支離滅裂な文章を読むと、当時の政策担当者の知性と能力に疑いが生じてしまいます。戦後に流布した「視野の狭い馬鹿な軍人が日本を戦争に引きずり込んだ」という通俗的なイメージに納得してしまいそうになるでしょう。
しかし、森山氏は、結果論から軍人を馬鹿呼ばわりすることは簡単であるが、問題は個人の能力ではなく、組織が持つ行動原理にこそ存在したと指摘しています。問題は「軍部」が決して一枚岩ではなく、むしろバラバラだったことにあり、だからこそコンセンサスを得るために玉虫色の作文で問題を先送りするしかなかった、というのです。
先に挙げた国策「対仏印、泰施策要綱」のように、会議が紛糾した挙句に本文と矛盾する文章が末尾にべたべたと添付される事例は、日本型の意思決定システムの欠陥を示す典型例です。森山氏は前掲書で、その特徴を次のように整理しています。
(1)「両論併記」=1つの「国策」の中に2つの選択肢を併記する。2つどころか、多様な指向性を盛り込み過ぎて同床異夢的な性格が露呈する場合もある。
(2)「非(避)決定」=「国策」の決定自体を取り止めたり、文言を削除して先送りにすることで対立を回避する。
(3)同時に他の文書を採択することで、決定された「国策」を相対化ないしは、その機能を相殺する。
つまり、政策担当者の対立が露呈しないレベルの内容でとりあえず「決定したことにする」のが「国策」決定の制度であったというのです。
日米開戦が「最もましな選択肢」だった
このように、日本の意思決定システムは「船頭多くして船山に登る」状態でした。政治学者の丸山眞男は、日本の政治を神輿(みこし)に喩えています。つまり、確固たる中心がなく、多くの担ぎ手が押し合いへし合いしているうちに物事が思いもかけぬ方向へ流れていくということです。
森山氏は前掲書で、日米開戦にいたる国策決定の過程を詳細に検証した後に、「これでよく開戦の意思決定ができたものだと感心せざるを得ない。その道は決して必然的ではなく、どこかで一つ何かのタイミングがずれたら、開戦の意思決定は不可能だっただろう」と述懐しています。
とりわけ興味深いのは、当時の政策担当者にとって、日米開戦という選択は、他の選択肢に比較して目先のストレスが最も少ない道であったという指摘です。もし効果的な戦争回避策を取ろうとすれば、それまでの組織のあり方や周囲との深刻な軋轢が予想されました。そのような組織内部のリスク回避を追求していくなかで、最もましな選択肢を選んだところ、それが日米開戦だったというのが真相なのです。
一見、日米開戦という決断は、非(避)決定から踏み出した決定に思えますが、じつは非(避)決定の構造の枠内に収まっていたのです。このような日本型組織の意思決定のあり方は、完全に過去のものになったと言えるでしょうか。日米開戦80年を機に、改めて考えてみる必要がありそうです。