出光興産、創業者「出光佐三」が掲げた民族経営、「日章丸事件」と裁判所での歴史的大演説

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お家騒動の結末

 合意書に明記された創業家側の名前は2つだった。1つは日章興産。出光家の資産管理会社で、出光の名誉会長の出光昭介とその長男・正和が代表取締役を務めていた。もう1つが出光正和個人。持ち株比率は日章興産が13.04%、正和が1.16%。合計で14.2%が出光(現経営陣)側に付く。

 昭和シェルとの株式交換方式による経営統合を容認し、統合の可否を決議する臨時株主総会で賛成の議決権を行使する。出光が推薦する取締役5人のうち2人は創業家が推薦できること。この合意に基づき、統合後の新会社の取締役(非常勤)に正和が、社外取締役に創業家代理人の弁護士・久保原和也が就くこととなった。

 創業家は、昭介=長男・正和、千恵子=次男・正道に割れた。最後まで合併に反対を主張してきた次男・正道は、新しい役員人事構想から外れた。

 最後は創業家の兄弟の間で意見が分かれる形で事は決着した。お家騒動の渦中の人だった正道は出光を去り、出光興産の前身である「出光商会」の名で新たに貿易会社を立ち上げた。

首脳人事で衝突

 時計の針を少し戻し進めることにする。石油元売り2位の出光興産と4位の昭和シェル石油は2019年4月1日、経営統合した。15年7月、出光と昭和シェルが経営統合で合意してから4年弱。出光創業家の反対で時間を空費した末、やっと統合が実現した。

 出光と昭和シェルは18年12月18日、東京都内でそれぞれ臨時株主総会を開き、経営統合について株主から承認を得た。株式交換方式で出光が昭和シェルを完全子会社にするかたちでの経営統合である。昭和シェル1株に対して出光株0.41株を割り当てた。

 統合新会社の登記上の社名は「出光興産」。事業上は通称の「出光昭和シェル」を使う。昭和シェルは19年3月27日に上場廃止となり、統合した新・出光興産が東証1部の上場を引き継いだ。

 売上高は単純合算で5兆8000億円、純利益は2000億円超。売上高10兆円、純利益3000億円のJXTGホールディングス(現・ENEOSホールディングス)に次ぐ規模だ。ガソリン販売のシェアは、大手2社で8割を握る2強時代に突入。1980年代に15社あった石油元売りの再編は終了した。

「対等」と「融和」を掲げたが、首脳人事で衝突した。統合新会社・出光興産の社長は出光の社長・木藤俊一が引き続き務める。統合を主導した出光の会長・月岡隆と昭和シェルの社長・亀岡剛は、代表権のある会長と副会長に就いた。

 出光が会長と社長を握るため昭和シェルが反発。調整は難航したが、昭和シェルの副社長・岡田智典が代表取締役となり、代表取締役を2人ずつ出すことでようやく決着した。

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