「住民登録番号」の便利さと危うさ ソウル打令2021(7)

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 年を取ると病院へ行くことが多くなります。筆者は糖尿病、高血圧、ぜん息という病気持ちです。久しぶりに韓国に来ましたが、こちらでも病院通いということになります。

 韓国では、外国人は入国から6カ月経たないと国民健康保険に入れません。保険料は払うので、もっと早く入れて欲しいと言ってみたのですが、駄目だと言われました。

 何でも、中国人や米国の市民権を取った在米同胞が、韓国に一時入国して費用の掛かる手術などを受け、その後、すぐ帰国するケースが増え、健康保険会計に大きな負担となったとか。だから、6カ月以上経たないと駄目だというのです。

ワクチン接種データも出入国管理もアクセス可能

 それで6カ月待ったのですが連絡がないので、近くの健康保険事務所に行ってみました。すると係員は、

「もう登録されているので、心配せずに病院へ行けば良い」

 と答えるのです。僕は、

「健康保険証がないと行けないじゃないか」

 と言ったのですが、係員は、

「保険証はそのうち届く。既に登録されているので保険証がなくても大丈夫」

 と言うのです。

 正直、信じられなかったのですが、実際に近くの医院に行くと、保険証を提示しなくても「登録されている」と言われ、保険証は必要ありませんでした。

 韓国の医院で不思議なのは、「診察券」がないことです。日本の病院のように、1カ月1回は保険証を確認するようなこともありません。昔は延世大学附属のセブランス病院へよく通っていましたが、当時は病院の診察券が必要でした。今は、病院がランク付けされていて、紹介状がないと大病院の診察を受けることは難しいし、医療費の自己負担比率も大病院はかなり高くなります。特に緊急を要する事態でもないので、自宅近くのいくつかの医院に通っています。

 ソウルに来てからの耳鳴りの治療のため2週間に1度通っている近くの耳鼻科があり、そこでインフルエンザ予防接種の予約をしました。そしていざ注射をしようとすると、看護婦が、

「肺炎のワクチンもやってないでしょう?」

 と言うのです。

「そんなことまで分かるのか」

 と驚きましたが、看護婦は、

「両方とも無料だから、今日、一緒に打てば?」

 と勧めます。

「無料なの。じゃあ頼みます」

 と、左右両腕にインフルエンザと肺炎ワクチンの注射を打ってもらいました。

 このように便利なこともあるのですが、よくよく考えると、医院がコンピュータで患者の医療個人情報を簡単に見ることができるということに、薄気味悪さを感じてしまいます。

 同じようなことは銀行でも経験しました。こちらに来たばかりの時期に資金不足になり、銀行で定期預金を解約しようとした時のことです。

 この定期預金を預けた時には、身元証明として旅券を使いました。ところが今回、旅券を更新して旅券番号が変わっていたために、身元確認ができないのでお金を下ろせない、と銀行の窓口で言われたのです。僕は「そんな馬鹿な」と慌てましたが、銀行の女性職員は、

「出入国管理のデータを見てみましょう」

 と言います。何と銀行から出入国管理データにもアクセスできるらしく、「同一人物だと確認できました」ということで、預金は無事に下ろせました。が、銀行が入管のデータにアクセスできるというのも恐ろしいなと思いました。

「北朝鮮ゲリラ」が生み出した「国民総背番号制」

 韓国では今年の夏、1人あたり25万ウォン(約2万5000円)の「国民支援金」を配りました。健康保険の支払額が基準で、国民の88%が支給対象でした。申請時にクレジットカード会社を選択すると、そこに25万ウォン分のポイントが振り込まれるという仕組みです。2週間で対象者の9割に支給を終えたのですが、年末までに使うことが条件でしたから、貯金には回らず、消費に回りました。

 このように、韓国のデジタル化はかなり進んでいて、何事も処理が速いように思えます。この背景には、国民総背番号制が昔から実施されているという事情があります。

 韓国人は全員、「身分証」(シンブンチュン)と呼ばれる住民登録証を持っており、各々固有の住民登録番号を付与されています(僕のような外国人には、外国人登録証の番号があります)。日本のマイナンバーのようなものですが、先の予防接種や定期預金の話のように、医療や金融情報をはじめいろいろなデータがこれに紐付けされています。だから当局者や権限を付与された人は、コンピュータで全部確認できるようです。

 僕のような根性の曲がった日本人は、身分証明書で何でも把握されてしまうというのがとても不安なのですが、韓国人は「身分証」を提示するのに何の抵抗もありません。

 韓国で「身分証」が生まれたのは、北朝鮮の武装ゲリラのせいです。住民登録制度は1962年から始まりましたが、その時はまだ住民の移動の把握程度でした。

 ところが1968年1月、北朝鮮の武装ゲリラが朴正煕(パク・チョンヒ)大統領を殺害しようとソウルに侵入し、青瓦台(大統領官邸)のすぐそばまで迫って、韓国軍・警察と銃撃戦をしました。

 韓国政府はこれにショックを受けて、スパイを潜入させないために「身分証」制度を改正し、国民総背番号制を実施したのです。1970年からは住民登録証発給が義務化され、た。1人1人に番号を付け、スバイの侵入を防ごうとしたわけです。以来、韓国人はこの番号を50年以上使っており、制度に抵抗感はありません。

デジタル世界にどっぷりつかった韓国

 韓国人の「身分証」にある住民登録番号は、今は13桁の数字です。最初の6桁が生年月日、7桁目が男女の区別、次の4桁が地域番号。12桁目は同姓同名で同じ出身地の人物を区別する数字で、最後の13桁目はチェックディジット(検証番号)です。脱北者の地域番号が同じで問題になったりしたこともあり、2020年10月以降に交付される「身分証」には地域番号がなくなり、最後の6桁は任意の番号が付与されることになりました。

 住民登録番号には個人のいろいろな重要情報が紐付いているので、漏洩してしまうと大変な被害を受けることになります。友人の番号を記憶すれば、電子上での「なりすまし」も可能と思ってしまうほどです。

 韓国でも情報漏洩事故がよく起きていますが、社会全体でこれをやめようという声はありません。デジタル化が進み、それが極めて便利なものですから、デジタル世界から抜け出せなくなっていると言った方が良いかもしれません。

 今の韓国では、住民登録証と携帯電話がないと何もできません。身分証明やワクチン接種は住民登録番号で管理され、その情報が携帯電話に入っているので、役所の手続きだけでなく、食堂や喫茶店に入るにも必要なのです。

 もっとも便利なだけではありません。こんなことも起こります。

 筆者の知人は新型コロナワクチンを既に2回接種したのですが、ワクチン管理アプリでは1回接種という結果しか表示されませんでした。保健所や洞事務所に行って尋ねても、

「われわれの権限ではどうすることもできません。どうすれば良いかも分からない」

 と言われ、結局は紙の接種証明を持ち歩いているという悲喜劇が生じています。デジタル化もどこかにミスは生まれますが、それをどこでチェックし、どう修正するのかが、行政もよく分かっていないのです。

 韓国に来て、日本在住経験のある韓国人に馬鹿にされたことがあります。日本のマイナンバーって一体何なんですか、と。

「せっかく番号があるのに、カードをコピーしてハサミで切り、糊で紙に貼って、それを郵便で送る。何のためのマイナンバーですか。電子媒体で暗証番号使って送れば一瞬なのに……」

 確かにそうです。

 しかし、日本で韓国のような住民登録番号制は無理かもしれません。政府がマイナンバーを健康保険証や銀行口座と紐付けすることで、健康管理や資産の把握、課税などを一元的に管理しようとしていると思っている人が多いからです。

 そういう形で利用しないことを法律で明記して、今回の新型コロナのような防疫システムだけに使うデジタルシステムを、別につくった方が早い気がしますがどうでしょうか。 

平井久志
ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。

Foresight 2021年12月5日掲載

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