小説家・佐原ひかりの人生を変えたチェコ人サッカー選手とは? 中2で知った“推し”の感覚
今でいう「推し」
結論から言うと、アメリカ戦の翌々試合、チェコは負けた。相手が(結果的に)その大会の優勝国である強豪イタリアであったこと。チェコの有力選手が幾人も怪我で欠場したこと。いろいろと言わせてほしいけれど、負けは負けだ。
翌朝わたしにかけられたのは、「試合観たけどたいしたことなかったね」という言葉で、わたしはあまりのくやしさに教室の真ん中で無言のマジ泣きをしてしまった(その事件と、ロシツキーという耳なじみのない名前の空耳とがあいまって、「佐原さんは露出狂が好き」という誤情報が出回ることとなった)。
だがそれ以降、わたしは図書館に足繁く通い、各紙のスポーツ面のコピーを取ってはスクラップ帳に関連記事を貼り、サッカー雑誌を買っては彼が移籍したアーセナルというチームのデータを集め、試合動画を漁ってはスポーツニュースの結果に一喜一憂し、大学生になり収入が得られるようになってからは、こつこつ貯めたお金で単身イギリスに乗り込み遂には本拠地エミレーツでの応援を果たした。
歴史が動いた瞬間というものは、往々にして後世になってから「そう」だと名付けられるもので、それにならって分析すると、あれはたぶん、今で言う「推し」だった。あのとき芽生えた強烈な感情や、その後の布教行動や熱の上げ方。あれは完全に推しがビッグ・バンした瞬間だった。わたしの推しの歴史は、ロシツキーに出会ったことで始まり、動いたといえる。
2017年、ロシツキーは現役を引退した。選手としてプレーする姿は見られない。すこしさみしいけれど、現役かどうかはもうどっちだっていい。幸福な気持ちで相手の永い幸せを祈ること。それもまた、わたしが知った推し感情なのだ。
[2/2ページ]