ドラマ「阿佐ヶ谷姉妹」完コピ演技が秀逸 中年女性のご近所コミュニティーに和む

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 穏やかで人の好さそうな人畜無害の中年女性2人組がピンク色のヒラヒラした衣装に身を包み、突如歌い出したら思いのほかパンチの効いた歌声や美しいハーモニーで、観る者を驚かせたり、頬を緩ませたりする。それが阿佐ヶ谷姉妹。血縁関係はないけれど、姉妹。姉の渡辺江里子と妹の木村美穂。バラエティ番組だと、カメラはアイドルやタレントを映していて、阿佐ヶ谷姉妹は歌声のみという構図も多かった気がする。姉はドラマにもちょいちょい出演。「科捜研の女」にも猫を抱いて登場して、意外性のある犯人役だった記憶が。

 そんなふたりが6畳一間の共同生活を描いたエッセーをドラマ化。「阿佐ヶ谷姉妹の のほほんふたり暮らし」である。姉を演じるのは木村多江、妹は安藤玉恵。「6畳間が似合う」というだけでなく、姉妹になりきれて完璧に再現できる女優を選んでいる。姉妹がもつ独特の(よく言えば滋味深い、悪く言えばしみったれた)世界観を変に美化せず、丁寧に描こうとする気概が伝わる。しかも挿入歌は本人たちに歌わせる。制作陣が姉妹大好きという気持ちもぐいぐい伝わってくるよ。

 内容は、正直言ってドラマにするほどの起伏はない。偽装結婚したり、ヤンキーと恋仲になったりはしないし、策士の政治家に復讐を誓ったり、地面が海に沈没したりもしない。中年女性ふたりが6畳一間で地味に地道に過ごす日常に、ドラマチックな出来事は皆無だ。

 それでも、このドラマには長所が三つある。まず一つめは、なんといっても多江と玉恵である。実在の人物役は似せようとするとやりすぎておかしくなるのが常だが、ふたりは特徴を完璧に再現。画面は多江と玉恵だが、江里子と美穂が降臨する瞬間が何度もある。多江は口調や発声の音域が瓜二つ。玉恵は口元や姿勢などの形態模写が秀逸。きっちりしている姉とちゃっかりしている妹の性格的な特徴も、会話で見事に体現。

 二つめ。このドラマは中年女性のご近所コミュニティーが主軸。中華料理屋のいしのようこ、煎餅屋の楠見薫、アパートの大家の研ナオコ。隣室の若い男性はまさかのイケメン(中川大輔)ではあるが、あくまで善良なる支援者のひとり。姉妹を取り囲む人々の、程よく距離を保つ感じが現実的だ。中年になると、「人生で接点はないものの、会えば愛想よく会話できる人」とか「社交辞令以上おせっかい未満の人」とか増えるのよ。この関係、案外ラクなのよ。騒がしい子供や口うるさい年寄りや厄介な若者がいない、極めて平和なコミュニティーを描いているので、私は心が和んじゃうんだよな。

 そして三つめは可能性の示唆。性格が真逆のふたりが同居する難しさやストレスは確実にある。でも仕事のパートナーや友人と共同生活する選択肢があるのなら、一度は経験してもよいのかもと思わせる。恋人でも夫婦でも家族でもない人との同居は、案外自分自身を知ることなのかもしれず。

 過去、人と暮らした30年、独り暮らしで18年。同居してみたい友達はいるし、死ぬまでにやってみようかな。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2021年12月2日号掲載

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