日本人はマスクを外せなくなる? コミュニケーションに起きている異変…「顔学」の第一人者が警鐘
口を見る欧米人、目を見る日本人
こう見ると、「マスクコミュニケーション」には、さまざまな問題点があることが分かります。にも拘らず、日本では欧米に比べてマスク着用が徹底されている。そこにはやはり「顔文化の差」があるといえます。
日本と事情が異なり、多民族で共生している地域が多い欧米では、「同じ民族なんだから分かるだろ?」は通用せず、表情を大袈裟にすることで自らの意思をしっかりと伝えることが求められます。そのため、表情の鍵となる口は極めて重要であり、それをマスクで隠すことはコミュニケーションができなくなることを意味します。ゆえに、マスクに抵抗感を示す人が日本よりも多いのでしょう。
会話をする時に相手のどこを見るかという研究データでも、欧米人は口を見る傾向があるのに対し、日本人は目を見る傾向が強いという結果が出ています。日本人が、サングラスをしている人を「失礼だ」と感じがちなのも頷けます。その分、口を隠すことにはサングラスほどの拒否感を示さないのかもしれません。
こうした日本人特有の事情に加え、冒頭で触れたように、我々はマスク生活の「楽さ」を覚えてしまいました。そのためポストコロナの時代になっても、人々はなかなかマスクを外さないのではないかと私は思うのです。その「楽さ」とは何か。
マスクが奪った緊張感
顔というものは、常に「見る/見られる」の関係にあります。したがって、人間には「本当の顔」が存在しません。どういうことかというと、キャビンアテンダント(CA)が機内で乗客に見せる笑顔と、普段の笑顔は全く違うはずです。CAに限らずとも、我々が普段道を歩いている時に見知らぬ人に見せている顔と、家族に見せる顔も違う。つまり、相手との関係によって顔、表情は違ってくる。人間にはいろいろな顔があり、「本当の顔」などというものは存在しない所以(ゆえん)であり、これが人間の面白さでもあります。
「見られる相手」によって人間の顔は変わるということは、同時に、常に顔を見られていて緊張を強いられていることを意味します。マスクの着用により、この緊張感から私たちは解放されたのです。マスクをすると息苦しい反面、自分の顔、表情を読み取られることがなく、どこかホッとするところがありませんか?
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